生態系のふしぎ
- 児玉浩憲:「生態系のふしぎ−失われた環境はどこまで再生できる?生態系でいちばん弱い立場の生き物は?−」、サイエンス・アイ新書、'09を読む。イラストがたっぷりのえらく読みやすそうな本である。私は「土の科学」で、1gの土の中に細菌だけで一声1億個も生息している、他にカビや放線菌の微生物、藻類、原生動物がおり、それらだけでほぼ細菌と重量がほぼ同じになる、さらに植物の根やご存じのミミズと加わると、肥沃な土壌ではほぼ6%の割合になると知った。これらの生命が微妙な動的平衡関係にあって、一旦それが壊れると、回復に1000年単位の時間を必要とすることも教わった。もう少しマクロに生態系を知りたいと思ったときにこの本を店頭に見かけた。
- 今生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が名古屋で開催されている。読むにはいい時期である。著者がエコロジストを自称している点は、視点のバランスという意味で、やや気がかりだ。NHK SP「日本列島 奇跡の大自然「第1集 森 大地をつつむ緑の物語」と「第2集 海 豊かな命の物語」」を見た。日本の自然は、「数え切れない地球の偶然の積み重なって生まれた奇跡」だと結論づけた。北限に達し寒さをしのぐために温泉を使うニホンザルの話、鉄分が、黒竜江からオホーツク海を経て、千島列島に開いた、水深1000mと言う意味では唯一の海峡を通って、太平洋の親潮に供給され、それが豊富な水産資源の源となると言う話など誠に興味しんしんの新知見であった。TVにはほかにも自然紹介番組がいろいろあって、中には興味本位に過ぎないものもあるが、一般人に環境を考える素材を送ってくれる。まことにTVは偉大なりと思うが、もしこれが独裁国の思想操作に用いられたりしたらと思うとぞっとする。隣にその手の国が1ヶ国どころか2ヶ国も3ヶ国も控えている我が国は、エコロジーにそうそう付き合ってもおれないと思うことがある。
- 本書のイントロは無難に読めた。現役引退後何となく始めた「周りの生物相を知ろう」という姿勢がそこそこに役立つ。動物相はきわめて貧弱だ。地上動物としては飼い犬と野良猫程度で、狐も狸もネズミもモグラも見あたらぬ都会である。それらとトリ、チョウ、ガ、ハチ、セミにゴキブリとコウロギぐらいの飛行動物だけだ。でも植物は植物園があり、公園があり、他に埋め立て地のメリットで人々が丹精込めて植栽しているから、結構豊富だ。マンションの近くの樹木だけで100種は越えていると近所のおばあさんが言う。広葉樹がほとんどで、秋には実がなる。ニホンザルがそれを追いかけたあげくに、雪国にまで入り込んだという意味はよく分かる。
- 近くには、埋め立てたものの未利用のまま放置されている土地があって、実に多様な雑草が生存競争に励んでいる。ときおり意外な草を見つけてオオッと叫ぶ。今年の収穫はシロバナシナガワハギ、ヒメナミキ、オナモミ。後2者は県によっては絶滅危惧種だそうだ。本書にある通り、通り道の傍らの草はたいていイネ科だ。虐待に強いのだ。未だに名が分からず、人によっては帰化植物だというシバ草に赤い花が咲いた。イネ科であることには間違いない。イネ科植物は特異的にケイ素をシリカ重合体の形で含有する。それが茎や葉の強靱性に役立っているのではないかと私は思っている。
- 食物連鎖の頂点にヒトがいる。連鎖の最下辺に植物プランクトンがおり、最上辺のライオンやトラの間に、いろんなランクの動物が食うか食われるかの関係で、ピラミッド構造を作る。お馴染みの生物界モデルである。日本ではヒトを別格とすると、最上辺にはツキノワグマがいるとまずは思う。でも雑食性動物は、ピラミッドの中に別基準の宝永山を作っている。本書の簡素化モデルでは、上位消費者ほど環境に弱いという図式だが、鮭や鹿がおらねば、熊はドングリで生計を立てるので、いっこうにへたばらない。今年は熊が山から下りて山里を荒らすニュースが目立つ。ドングリ不作は本当らしい。その理由に昨年の豊作が今年の不作に繋がっているとか、猛暑のせいだとか、いろいろ書いてある。LPGが普及したために里山の柴刈りがなくなり、山が荒れ放題になって(あくせくせずともバラマキがあるし、だ。)、熊が里山を住処と間違えるようになったんだと、手入れ不足を理由に挙げるヒトもいた。猟友会の鉄砲隊も老齢化で会員が激減しているとか。北限のニホンザルがだんだん横着になり、農家のじじばばを無視する行動を取るようになったので、ヒトは金網ネットの中に住むようになったと笑えない話が出てくる。生態系保持とか動物愛護とかもいいが、過ぎたるは及ばざるがごとしを、今、日本人民は地で行っている。
- 千葉県立中央博物館の横に生態園がある。千葉県全体がそうだからだろう、動物相は至って貧弱で、狸がおりますと書いてあるが見たことはない。植物相は千葉県の雰囲気が分かるように工夫されている。舟田池という昔からの池を取り込んだ山あり谷ありの構造になっている。海浜を模した砂浜やすすき野、池に繋がる沼地も拵えてある。ただ自然の成り行きに任せてあるのではなくて、コナラ林を整備して日照をよくしたり、ススキを刈り取って里野風景にしたり、いろいろ管理に研究員が工夫を凝らす。私の訪れるのが好きな施設である。
- 本書に出てくるヌルデ、アカメガシワも植わっていて、山火事や伐採でギャップを生じたら、真っ先に進出してくる植物だと説明してあった。その1本は周囲のコナラとかイヌシデが生い茂りだしたので枯れかかっていた。池や沼地の周囲にハンノキ林がある。水辺が好きなカバノキ科の木だ。イヌシデも同族だから、その周辺に多いのかな。大賀博士が千葉で見つけた縄文時代のハスの種のうち、1粒だけが発芽してオオガハスになった。全国的に有名になり、あちこちで花を開かせている。私が初めて見たのは愛媛県のハス園でであった。オオガハスを名乗る以上は無生殖栽培品だろう。千葉特産のイチジクは虫媒で種子を作る。それが何とも特殊な虫媒で、そのコバチのオスは、イチジクの果実から外の世界を覗くことなしに一生を終えるという。
- 私は生物班の蝶仲間といっしょに、春日山へルーミスシジミの生息状況を調べに行ったことがある。昭和22年頃だった。沢や林を埋めるほどに、小さな金属光沢の青紫の羽が群舞していると言い伝えられていたが、1頭も見つからなかった。占領軍が殺虫剤のDDTを空中散布した後だった。それ以後訪れていないが、生態が回復したとは聞いていない。この蝶の幼虫の食葉はイチイガシなどのブナ科植物で、常緑高木(照葉樹)だ。生きている化石といえる昆虫で、春日山の他に千葉県の清澄山、三重県の伊勢神宮、隠岐の島、九州のあちこちなど原始林状態が、あるいは寺社の保護林として、あるいは人手の届かぬ僻地として、あらかたの維持ができている場所に限って生息している。だから、太古の昔には、照葉樹林が覆っていた、南関東から西日本全域にわたって生息していただろう。
- 照葉樹林が鬱蒼と茂る地帯は、縄文人のような、せいぜい焼き畑農業の狩猟採取民には生活しにくい場所で、NHK「日本人はるかな旅」(本HP:「日本人の起源」、「日本人になった祖先たち」、「日本人はるかな旅展」)にもあったが、縄文人の人口密度は、九州の隼人・熊襲地帯(本HP:「隼人の古代史」)以外は西では希薄であった。そこへ渡来系の弥生人が稲作文化を持ち込み、水田定着生活により照葉樹林を切り開く。人口増は縄文人を圧倒し、弥生人は住居を東へ拡張するが、関東で食い止められる。水田技術は北上を止めず、ついには本州一帯に普及する。人里の周りは、コナラやクヌギの雑木林となり、里山としてヒトに奉仕することとなる。確かにルーミスシジミは太古の名残である。
- イネは2500-3000年前に渡来してきた帰化植物だ。我が国は帰化植物だらけだ。セイタカアワダチソウが目立ち始めたが、これも有名な帰化植物で、かっては江戸城のお花畑に園芸用に栽培された。マンジュシャゲはこの間終わったが、これも観賞用に中国からやってきた。今はヒッツキムシが実を結ぶシーズンだ。その一つ、オナモミは実はご維新後の帰化植物オオオナミモミに圧倒されて、古来のそれは今や絶滅したのではないかと疑われていると最近知った。私が見たのは帰化植物の方かもしれない。素人では区別が無理なほど似ているという。モンシロチョウやチャバネゴキブリが外来種だとは知らなかった。この夏に丹波の我が一族の墓所でマムシグサを見た。あれはヒマラヤ山麓までルーツがたどれるそうで、植物相の繋がりを示す証拠だという。
- 小型の鷹・サシバは絶滅危惧種だ。それが夏になると栃木県東部の喜連川丘陵地帯に群がる。ここでは子育て用食料のトウキョウダルマガエルが採り放題だからという。他所ではカエルが育たない。三面張りの直線水路から這い上がれないカエルが映し出されていた。農薬で昆虫が消えたのが最大の理由だろう。10/17のNHK「ダーウィンがきた!」で得た新知識である。海岸埋め立て地にある公園の池の小魚を、クロサギがじいっと狙っている姿を見たことがある。日本の鳥類の3/4が渡り鳥だそうだ。そのかなりが干潟や湿原を頼りにしている。
- 近所に谷津干潟がある。住宅建設ブームの頃にその近くに出かけたことがある。まだ野生の面影があった。今はぎっしりとコンクリ-トの建物が取り囲み、高速道路と鉄道の橋脚が中に立ち並んでいる。干潟に注いでいた川はどうなったのだろう。地図には暗渠になった川?が1本描かれてはいる。埋め立てで海は遠ざかってしまった。細い水路が在りし日を忍ばせている。生態系はずいぶんと変わったと思われるが、それでも水鳥にとっての貴重な仮住まい地らしく、自然観察者で賑わうほどだ。日本の干潟は、環境保全の立ち上がりが早かった事が幸いしたのであろう、昔の半分ほどは残されているという。
- 森林保全も、植林がスギやヒノキが主で豊かな生態系回復に至っていないという問題はあるが、面積減少には歯止めがかかっている。地球規模での最大の問題点は、豊かな生態系を誇ってきた熱帯林地帯にある。酸素生産は一つの物指しだ。地球の1/3はアマゾン地帯の熱帯林から発生する。熱帯アメリカのもともとの熱帯林の2/3はすでに消失したという。アフリカ、アジアも程度の差はあるが、同じ傾向にある。COP10では発展途上国側の生物資源利用有償論が盛んだ。そのうちに森林発生酸素有償論に進むのではないかとさえ思われる。生きていると言う理由で、アマゾン地帯の諸国にお金を払わねばならぬという時代が来たらどうする。
('10/10/19)