新・材料化学の最前線U
- 首都大学東京都市環境学部分子応用化学研究会編:「新・材料化学の最前線−未来を創る「化学」の力−」、講談社BLUE BACKS、'10読後感の続きである。
- 病に冒されずとも老化による天寿があって、臓器交換という方法は提案されてはいるものの、真の不老不死は夢のまた夢である。老化の天敵は活性酸素だ。体内にはSODなる酵素がその無害化に常時活躍している。活性酸素を過酸化水素と酸素に分解する。過酸化水素はそれ自体有毒なので、その分解酵素も産生される。化学屋の夢は両方の働きを備えた酵素を人工合成し、不老不死に迫ろうというものだ。活性酸素はTVの医学番組でもよく出てくる述語になった。分解酵素の発見は'69年だと言うが、注目されるようになったのは最近だと思う。現在も出版が続いているベストセラー本、本川達雄:「ゾウの時間ネズミの時間」、中公新書、'92にはないようだ。私の蔵書に関する限り、索引に「活性酸素」が上がっている本は、近藤祥司:「老化はなぜ進むのか」、講談社BLUE BACKS、'09(本HPの「老化のメカニズム」)が最初である。
- ドラッグデリバリーシステムの話を始めて聞いたのはもう10数年昔である。マイクロカプセルに薬を詰めて、目標の患部に運ぶシステムの講演であった。生体の防御機構がマイクロカプセルに反応しないのかと質問した覚えがある。本書は、目標まで遺伝子を安定に運搬する化学的カプセルシステムを紹介する。遺伝子の運び屋(ベクター)にはもっぱらウィルスが使われてきた。ところが人体に使うベクター・ウィルスはたいていは発がん性を持つ。'07年来新聞の科学欄は京大のiPS細胞のニュースで持ちきりだった。山中ファクターはウィルスで運ばれ人工万能幹細胞が生まれる。この方法の泣き所は発がん性が持ち込まれる点であることは衆知の通り。化学的カプセルシステムではポリリジンに糖鎖をつけたキャリアーに遺伝子医薬を静電結合させる。糖鎖が目標臓器を探り当てる触子だ。キャリアーにはもう一種類が併用されている。目標の場所で遺伝子を放出させるキャリアーである。2つ合わせて人工カプセルになる。
- ウラニルイオン分析に電極法を用いる方法を検討したことがある。本書は医療用イオンセンサーの開発について述べている。成功例は塩素イオン対象だ。イオンセンサー膜に4級アンモニウム塩重合体を用いる。モノマー状で規則配列させ、重合部位を反応させて薄膜に仕上げる。妨害1価陰イオンの影響を除くために構造部位と称する分子鎖を調節する。センサー心臓部のイオノファの密度が高く重合により溶出の恐れがない、かつ薄膜だから感度が高いなどの利点がある。よく分かる話だが、ウラニルイオンを含めて他のイオンに応用するにはいろいろと解決すべき問題がある。
- タンパク酵素を分離精製するのにミセル逆ミセル抽出法を使う。酵素は繊細な化合物で、熱圧力化学薬品などで機能を失うケースが多いが、この抽出精製法では機能維持が可能だ。タンパク質が等電点の前後で抽出平衡が変わる点を利用する。卵白のリゾチームの例が示してある。移植用臓器というとすぐ幹細胞を思い浮かべるが、それは将来の話だ。今は肝臓そのものを人工臓器として作ることは叶わないが、ミニ肝臓(スフェロイド)ぐらいなら何とか作れるらしい。だがこの巨大細胞構造体を実用化するには構造体用の足場が必要だ。なんとそれに、含フッ素ポリイミドという生体とは縁もゆかりもない合成高分子の板を、ラビリング処理すると役立つという。移植の話にはまだまだ不可解極まる話が多い。
- より球形に近いプラスチック玉を作る磁気浮上重合法の説明がある。宇宙では重力の影響がないから真球に近い製品が得られる。でも工業的製法とは云えない。磁気浮上重合法とは、常磁性媒体中に反磁性モノマーを浮かべて、テスラ・オーダーの強磁場下で、重力を打ち消しながら、重合することで真球重合体を得る方法だ。磁気アルキメデス効果の利用だとある。ミリ、センチサイズの真球が何に役立つか。シーズ先行の研究らしい。
- この夏は猛暑の記録を更新した。炭酸ガス固定への要求は切実になりつつある。だが森林大国はこぞって樹木を切り倒し換金植物に植え替えようと励んでいる。地球の将来よりまず自分の生活向上だ。政治は当てにならない。化学者は光炭酸同化工場を夢見る。葉緑素が敷き詰められた平面に太陽光を受け、炭酸ガスを同化作用でブドウ糖に換えるのである。正に帯電したポルフィリン(葉緑素モデル化合物)を負に帯電した粘土鉱物面に吸着させるときに、サイズマッチングルールに乗ったイオン間隔を取ると、密な機能性色素膜が得られるところまで来たという。ポルフィンによる人工光合成システムは水から電子を引き抜き、アルケンをエポオキシ化するところまで進んだ。炭酸ガスを還元して一酸化炭素を作ることも出来る。これらは光増感反応だが、葉緑素はもう一段の増感反応を組み合わせてブドウ糖と酸素を作るのだから、夢多い研究だ。
- 抗がん剤がときおりマスコミの話題になる。新薬ほど高価だ。患者は1-2ヶ月の延命のためにそれまでの貯蓄を使い果たさねばならぬ。患者、医家、製薬業界は国民の税金でサポートせねばならぬなどという。少子化高齢化で実質の働き手が減少して行く中、これ以上の福祉負担を若手に要求してよいものなのか。医者と薬屋は儲かるけれど。話を戻してなぜ高価なかというと、一つは途方もないほどの開発費である。安上がりで効率的な研究手段の提案が2つなされている。1つはPCでお馴染みのプリンターのインクジェットシステムを応用したマイクロリアクター、もう1つは高分子屋には古くからのお馴染みのブロック共重合体を利用するマイクロリアクターだ。前者の例に免疫グロブリンAのサンドイッチエライザ分析が示されている。インクジェットでは1滴が数ピコリットルだという。ブロック共重合体は相溶性のないモノマー同士だと、枝の長さ次第で、いろいろ規則正しい構造を取ることが出来る。そのうちのロッドの六方晶配列を作る系によって、画像素子への応用が模索されている。
- 大正期に島津源蔵は鉛粉の製法を発明し、その特許が世界を席巻した。爾来90年、蓄電池はリチウムイオン電池の時代に入ったが、日本は今も世界の技術をリードしている(と思う)。起電力の高さから、リチウムが高容量の電池を作ることは古くから判っていたが、リチウムが高価であった。そのリチウムイオン電池を今の2-3倍の高エネルギー密度とし、しかも安全性を高める方法が提案されている。現在の液体有機電解質を固体セラミック電解質に代え、電極材料を細密充填にすると言う。固体電解質の欠点は電極材料との接触抵抗が増えることだが、それを100ナノメータから数ミクロぐらいの構造単位とすることで防ぎ、電極材料を最大74%と電荷の運び屋の量を極大にして電気容量を増やす。
- 木谷収:「バイオマスは地球環境を救えるか」、岩波ジュニア新書、'07(本HPの「バイオマス」に紹介)は、バイオマスは諸刃の剣だと言っている。食糧問題、森林伐採問題などが絡んでくるためである。ただし、日本で急速に普及しだした廃天ぷら油によるバイオディーゼル燃料油は、文句なしに温室効果ガス削減に役立つ。本書によれば日本の全部を燃料油化すれば、軽油の5%を節減できるという。でもコストが高い。その対策の一つに転相エステル交換法を取り上げている。グリセリンエステルをメチルエステルにするのだが、迅速に反応分離を行わせる1方法である。半世紀前の私の修士論文のテーマは、2相系の撹拌だった。反応器の説明に懐かしい記述が出てくる。
- 日本の都市部のNOxやVOC(揮発性有機化合物)量は毎年確実に減少を続けている。ところが近頃になって夏期のオキシダント警報が増加する傾向が出ている。本書には水酸基ラジカルの瞬間濃度測定法の開発により、未知の原因物質の存在が推定され、やっかいなことに上記既知2物資の低濃度の位置でオキシダント生成のピークを作るらしいと判ったことを報告している。
- 平易な記述で最先端を紹介し飽きさせない。良書だ。
('10/09/04)