橋の科学
- 田中輝彦、渡辺栄一他:「図解・橋の科学〜なぜその形なのか? どう架けるのか?〜」、土木学会関西支部編、講談社BLUE BACKS、'10を読む。橋梁工学の解説書だ。ちょっと最近気になっているのだが、BLUE BACKSでは工学とすべきところを科学と書く。奇をてらっているだけなら止めて貰いたいものだ。
- 4割ほどのページを材料力学と構造力学の解説に費やしている。私は機械系だから材料力学はやったが、トラス構造の力学までは学ばなかったし、現役中にも勉強の機会がなかった。でも工学の使う力学のいいところは直感的に結論が分かるところだ。物性論や分子構造論の量子力学となると様子が一変する。定性的説明では分かった気になれない面がある。私は吊橋に縁があった。四国勤務の期間が長かったからだ。本書にも出てくる祖谷のかずら橋は今では観光の目玉で、大げさな宣伝につられて人が押し寄せるが、そう谷間が深いわけでもなく、通行料を支払って適度に揺れと恐怖を味わう仕掛けになった。葛だけで吊られているなら恐怖心も本物だが、よく見ると鋼線に葛を巻いた吊り線になっている。本書の指摘で知ったが、橋には揺れ防止に、これも葛のくも綱を用いているらしい。
- 四国と本州に3本の連絡橋が架けられた。瀬戸内海を跨ぐいくつもの長大な吊橋は、日本の経済力、技術力の象徴である。メインケーブルは懸垂曲線を描く。たまにクルーズ船で下をくぐるが、その壮観美観をいつも誇らしく思う。瀬戸内大橋だったが、わざわざ橋に沿って航海してくれたときがあった。だが四国内には今や縦横に高速道路が走っている。架橋は1本でよかった。悪口を言えば、自民党政権と地域エゴは、こうして国家の赤字を増やしましたという末代まで残る宣伝塔である。明石海峡大橋はスパン間距離で未だに世界最長なのだそうだ。大型船が悠々通過できる高さである。台風が通るときの揺れは大丈夫か。風は非定常の厄介な存在である。明石海峡大橋のために行われた1/100模型による風洞実験の写真が入っている。全長40mにもなる模型で、特製の風洞を作って実験したそうだ。神戸の舞子公園には橋の科学館があって、その風速80m/sでの変形実験を見せているそうだ。一度立ち寄ってみたい。
- 長大だから地球の円みが無視できない。300mHの主塔橋脚の上下で水平仮定のときよりも9cmの差が生じるという。あのメインケーブルが細い鋼線の複々構造になっていて、直径が1mほどもあることは、TVで紹介していたことがある。まずヘリコプターでパイロットロープを渡し、おいおい太いロープに取り替えて行く工法だったという。主塔橋脚用の土台のケーソン80mDx65mHを設置する方法も大がかりである。工場で作ったケーソンを船で運び、予定の位置にぴたりと精度よくしかも鉛直に建てねばならない。位置決めシステムの図解がしてある。3次元測量をやりながらコンピュータ管理でウィンチを操作する。明石海峡は海流で有名だ。設置後は洗掘対策が必要になる。洗掘は、橋脚周辺に発生する水流の乱れが基礎周辺の砂泥を堀去る現象で、台風時などでの出水時に、橋の流出を引き起こす原因の一つである。岩国の有名な太鼓橋、錦帯橋は300年も風水害に耐えた。木造の橋としては希有の存在だ。それが橋脚の基礎部分にある洗掘対策の賜だと書いてある。基礎部分を石で覆うのである。同じ工法を明石海峡大橋でも実施したという。
- 民主党に政権が交代し、公共事業見直しで、八ッ場ダム建設が中止になった。地元民は猛反対で、マスコミは工事現場の現況を細かに伝えた。頭部がふくれた背の高い橋脚が独立に何本も建っている姿が印象的であった。橋の建設だけは継続が認められ、その後の完成した映像が再びTVで伝えられた。あれはコンクリート橋で、張り出し工法により建設されたことが本書で分かる。橋脚の両側にバランスよく橋桁を伸ばして行くのだ。だいぶ昔に新聞を賑わせた事件に、崖からせり出させて橋桁を延長する工法の土木工事において、土台が崩れて死傷者を出した事故があった。本書では片持ち工法となっている。日本の戦後復興期には川中に函を作り、その中で橋脚工事をやっている現場を電車の中からよく見た。潜函工事で潜水病に罹った人の話も新聞種になったことがある。最近は一巡してしまって身近に架橋の工事現場を見ることが出来なくなった。大学の土木工学科の人気は今はどうなのだろう。
- 阪神淡路大震災による高速道路の崩壊は無残であった。地面にずり落ちた橋桁、折れて橋桁もろとも横倒しになった橋脚などの写真は記憶に鮮明である。橋脚の鉄板巻きによる補強工事は新聞にも取り上げられた。橋桁落下防止に桁受けを伸ばしたり、橋脚と桁をあるいは桁同士をチェーンで結びつけるなどの対策はすぐに実行されたらしい。耐震構造化、制震設備の追加、免震化などはどの程度追加できたのであろうか。既存の建造物への応用は制限事項が多くてなかなか進まないものである。
- 橋の寿命は60年程度のものらしい。高度成長期だったらスクラップアンドビルドで、さっさと新橋に建て替えたが、いまは出来るだけ長持ちさせるように腐心する。明石海峡大橋は100年の寿命を予定されているが、それを300年にしようと点検補修法が緻密に検討されている。三好大橋の例が示されている。この橋は昭和2年に完成した吊橋で、当時は「東洋一の吊橋」だったという。先述の祖谷のかずら橋の近くだ。半田そーめんは隣町の名産である。私には馴染みのある場所だ。その三好大橋は今はアーチ橋に作り替えられている。メインケーブルに破損が発見されたが、橋桁は健全であったし、大川の吉野川に架かる数少ない橋だ、交通遮断は出来なかったため、吊る方式から下支えする方式にしてリニューアルに成功した。
- 長寿命化に塗装による腐食防止は必須である。私は現役のある時代に樹脂系の塗料素材の研究をやった。外目には変化は見えないが、塗料の進歩は毎年著しかった。入社した頃にダットサンを数人で共同使用していたことがあった。マイカー時代の走りであった。よほど用心していても塗装が剥げ落ち錆が進入してくる。だが今乗っている自動車では全く手入れをしないのにこすり傷以外は、塗装ががっちりと外鋼板を守っている。橋ならどうだろう。大型の部材にまさか焼き付け塗装は出来ないだろう。平塗り、吹き付けなどのたぐいであろう。組み立て後はなお厄介だ。検査ロボットの写真があった。おいおいカンカン虫ロボットも実用化されるのであろう。
- 探傷に有力な方法として超音波によるアコースティック・エミッション法がある。私が現役の頃すでに実用化していた。そのもっと原始的で単純な方法はハンマーで装置をたたいて反響を聞いたり、聴診器で異音を発見する方法だ。この2方法は、入社した頃は重宝されていた。ボウシンと当時言った職長が、耳を澄ませて機器の音を聞き分けている姿を見たものだった。時代は常に人の技能におんぶしない方式を追求する。システムとしてのフールプルーフ式とかバカチョン式とか、マニュアル式とかもその線に沿った発想だ。だがそれを推し進めたとどのつまりに、まだ仕事に愛着心あるいは責任感があるかという問題が残る。ことにメンテナンスに関しては、そのウエイトが大きいと私は思う。日本伝統の職人魂がいつまでも輝くことを願っている。
('10/07/14)