通勤電車
- 宮本昌幸:「(図解)電車のメカニズム〜通勤電車を徹底解剖〜」、講談社Blue Backs、'09を読む。戦争に負けたとき小学校6年生だった。乗り物と言えば電車それも市電だった。たいていぎゅうぎゅう詰めだったから、いつも運転席の近くに位置を占めるわけには行かなかったが、その機会があれば飽かずに運転手の操作に見入っていた。今でも明治村で動いているのではないかと思うが、京都の堀川筋の柳並木脇を走っていたチンチン電車略してチン電は当時でも歴史もので、ブレーキを運転手の腕力に頼っていた。4輪の車体で、車輪が車体にバネを通じて固定されていた。狭軌レールの幅より僅かに車輪幅が短いから、その遊びによって、市街地の急カーブをキリキリと音を立てながら曲がるのだとは小学生にも分かった。だが8輪のボギー車はどんな構造なのか。いろいろ観察して原理を推測したものである。
- ボギー車は4輪ごとの台車2つの上に車体が乗っている。台車は車体に対して向きを捻ることが出来る。ボルスタ付台車では中央に心皿があって、車体のピンが乗っかるようになっている。小学生の私が考えた構造通りだ。でもボルスタレス台車ではけん引装置という面が旋回中心になる。ボルスタとは総重量を一旦受け止める長枕で、船の竜骨とか剛構造の主柱に相当する。安上がりを狙って、壁や支柱にまで荷重や耐震の負担をかける最近の建築と同じ流れで、ボルスタレス台車が開発されたらしい。私が電車に熱心であった頃のバネは、金属製の板バネとか螺旋状バネだった。今は空気バネが全盛を誇る。その鉄道への応用技術は日本で開発され、京阪電車に最初に採用されたとWikipediaに出ていた。乗客はゴム風船に乗っている。電車が混み出すと空気圧を増す。補助空気室が別途にあって、風船とノズルで繋がっているから、電車の揺れはそのときの空気の出入りによるダンパー作用で、吸収する。左右のバランスを取るには左右の風船圧に格差をつける。
- 理科準備室に自動車の動力伝達模型が置いてあった。継手の仕組みを飽かずに眺めたものだ。ジーゼル機関車は車体にエンジンがあるから車輪との関係は自動車に似ている。揺れの差を吸収するために自在継手と伸縮継手が必要だ。差動歯車の仕事を鉄道では車輪とレールの構造でやっている。だから機関車には付いてない。外に向かって半径が小さくなるようにテーパが切ってある。内側にフランジがあって脱線を防ぐ。レールとフランジの間には10mmほどの遊びがあって、カーブでは外側レールにフランジが近づく分だけ、内側レールから車輪が遠ざかる。レールと車輪の接点が内外で違うから、スムースにカーブすることが出来る。だが、レールと車体の間にある遊びは列車蛇行の原因になる。レールとフランジ間のほかに、台車と車輪間、車体と台車間にも遊びがある。ある旧式設計では蛇行を起こす車速が100km/hだとあった。案外に低いらしい。工場勤務の頃に、道路を牽引車が荷車の長い列を引っ張る姿を見た。しばしば蛇行していた。鉄路上の蛇行は経験がないが、起これば危険だ。
- 韓国の地下鉄放火事件は今でも忘れていない。350名からの死傷者を出した大惨事であった。車両が耐燃性材料でなかった。当時行われた消防庁の火災実験では、日本の鉄道車両は使用30年後の廃車でも、焦げても延焼せず自然鎮火したそうだ。放火事件の列車には車両間の引戸が無かったために、被害を隣接車両にまで拡大した。利便性からはない方がいいから、今はそこそこに取り付けてあるそうだ。私の原点であるチン電では、乗降口兼用の乗務員室は吹きさらしで、乗客室との間に手動の引戸があった。今は10両からの長い列車のドアが自動的に開閉される。閉まるときは最後にゆっくり閉まるクッション動作の2段作動式になっている。ドアが全車両で完全に閉鎖されないと発車不能だし、手でも挟まれたらそのドアだけが再開閉する。窓は1枚の普通の板ガラスではない。割れても客が怪我しないように構造や種類を代えてある。
- 車両の不銹化軽量化で、材料がステンレスやアルミになり、車体構造は複雑になった。それを支える技術の一つに溶接法の進歩がある。溶接の基本はアセチレンガスによるアーク溶接だ。今と違って昔の新入社員は暇だった。私は工場の工作所で溶接工に遊ばせてもらった記憶がある。鉄材を互いにひっつけるのは簡単だが、じゃじゃ漏れの容器しか作れず溶接工に降参した。最新の溶接技術を見る機会はもうこないが、TVで時折見かける自動車工場の映像に、しばしばロボット機械による溶接がある。バチンバチンと電気火花を飛ばしてスポット溶接をやっている。レーザ溶接はまだ見たことがない。摩擦撹拌接合は始めて耳にする言葉だ。英国発明だが日本で車両への応用が進められた。アルミ合金車体に適しているとある。最新の方法である。
- 先月末に東海道新幹線の架線が切れ停電した。すり板を乗せる舟体の取り付けボルト4本をつけ忘れていたため舟体が落下し、パンタグラフのアームが重しを失って跳ね上がり補助吊架線を切った。お粗末な話だ。工員も検査員も監督者もマニュアル人間化し、プロ意識をもった「命がけ」の仕事をしていない。戦後のある風雪の激しい日に、山中であったか、パンタが故障し電気が取れなくなった。車掌は乗客の協力を得て座布団ゴム長靴ほか考えられるだけの絶縁物を持って電車の屋根に登り、パンタのすり板を人力で押し上げ、運転士は最低の速度で気遣いながら電車を次の駅まで動かした。新聞は乗務員の勇気と使命感を絶賛した。関西であった実際の話である。現在ならマスコミは危険行為を蛮勇とこき下ろし、会社のメンテ体制から安全教育のあり方まで徹底的に攻撃するであろう。マスコミとはそんなものだ。仕事が海外に流出するはずだ。このHPに「新世代鉄道の技術」がある。電源仕様について触れている。通勤電車が1500V直流になった経緯は面白い。モーターは三相交流誘導式だ。だから電車ごとにVVVFインバータを備えている。Variable Voltage Variable Frequencyで動かす。避雷針の心臓がZnOだとは知らなかった。1500Vで不良導体、4000V以上で良導体になる。
- 私がインバータを知らないはずである。'80年代に入って実用化されたという。私の学んだ頃の直交変換は発電機とモーターによる機械式だった。説明を読んでみると、アナログ放送のデジタル放送転換法とよく似ている。高電圧大容量の高速スイッチングが半導体の進歩で可能になったおかげだ。三相誘導モーターを滑り周波数制御で駆動する。滑り周波数とは回転磁界と回転子の速度差だ。直流モーターのように電機子のトルクを電流から直接求めることが出来ないから、間接的に算出して制御の基本とする。演算用のマイクロプロセッサーの高速化が取り入れられ、ベクトル制御とかセンサレス制御が可能になった。トルクがかかるのは坂道を登るときだ。モーターの大きさを決める因子である。我が懐かしのチン電では、車体に不相応に大きな電力制御器が運転台の左に付いていて、大電流が通ると保護鉄板を突き破って火花が出てくるという考えられぬほどに野蛮な品だった。今はブレーキと電力制御を一体化したマスコンでコントロールするという。手前に引くと加速、前に倒すとブレーキ。これ欧米と逆なのだそうだ。もちろん制御本体は床下で、火花が運転士の服を焦がすようなことはない。
- トヨタの滑走防止装置ABSが米議会の標的になっている。なにしろ無料のリップサービスだけで、絶好の米自動車産業援護策になるのだから、口撃に懸命だ。トヨタの米国内工場のある4州の知事からは、雇用問題が起こりかねないと沈静化の声が出ているほどだ。米国の政治家はもちろん大陸系の政治家は、したたかすぎるほどしたたかなのは分かっているはずなのに、かのお坊ちゃん社長は何もかも素っ裸になって謝罪するという。自動車のABSは、制動距離とスリップ回転防止の兼ね合いだから、後者を優先したのがトヨタというにすぎないと私は思っている。別に連続して大事故が発生したわけではないのだ。電車にもABSがある。こちらは鉄の車輪とレールの関係で、自動車に比べれればいたって簡明な関係だ。それでも車輪損傷とブレーキ距離の相関は難しい関係だという。自動列車停止装置ATS、自動列車制御装置ATCはレールの上を走るからこそ出来る工夫である。自動車ではまだ実用段階に達しない。IT技術の進歩で、列車情報管理装置が各列車内に設置され、総合的に列車の運行管理、安全管理、乗客管理をするようになった。最後の章は空調設備を概説している。通勤電車は短距離を走るごとに4枚の扉が開き外気が入り込む。満員になったと思うとガラガラになったりする。気温、湿気のコントロールは別途の空調制御装置により行っている。
- 良書である。自分が理系に進んだ理由を振り返らせてくれた。敗戦前後の今日の飯にも困っていた時代だったが、「どんなメカニズムで?なぜ?」という理系への餌は町中の至る処にころがっていた。科学博物館など無くても、おもしろ実験をNPOの先生が見せなくても、懇切丁寧な絵解きの理科本が手に入らなくても、「なぜ」と思う子どもなら、おのずと理系に進学する。その逆も真なりだ。
('10/02/15)