温暖化の経済学

山本隆三:「経済学は温暖化を解決できるか」、平凡社新書、'09を読む。少数派だが、地球は今寒冷化に向かっている(本HP「地球寒冷化」)と唱える学者がいる。'97の京都議定書は格好良かったが、大型排出国が動かず、あとの進展がさっぱり見られない。日本は議定書でマイナス6%を目標としたが、'07年時点ですでにプラス9%だ。温暖化はとにかく不確定要素が一杯の問題だ。
炭酸ガスの責任が77%、メタンの責任が14%で両者で90%を越える。メタンのウェイトが案外大きい。温暖化の問題が出るとイントロに必ず出てくるのが、ハワイ・マウナロア観測所のデータだ。年2ppmの上昇は過去の地球の歴史から見て異常だ。年に5ppmほどの周期的変動があるのは、植物の炭酸同化作用が春に活発になるため。だから年の暮れにもっとも高濃度になる。南半球と北半球では気候が逆だから、空気の混合が完全なら、この変動は植物生成量の南北差を示す。でも実際はあまり混合しないのではないか。温室効果ガス排出量は、議定書批准国の日本、EU、ロシアの合計が世界の1/3で、米+中国が4割、残りがその他の途上国という。米中の責任は重い。どちらも石炭からの割合が大きい。ことに中国はエネルギー単位あたりの炭酸ガス排出量がダントツだ。削減に不平等があると、ワリを食った国は生活水準が低下し産業が活性を失う。だから話がまとまらない。鳩山首相が25%削減を打ち出したときは私は仰天した。周囲の同調を条件にしているので幾分安心はしたが、どの国も言い出せない数字を率先して打ち出した姿勢は、脳天気とも言えるし賞賛に値するとも言える。日本だけがワリを食わぬように願いたいものである。
全部たとえば太陽光発電に取り替えればいいじゃないか。でも自然相手の発電機は簡単ではない。光から電気への変換効率は低い。工業的には12-3%あればいい方ではないか。一日の半分は夜で、昼間も雨や雲が発電を邪魔する。変動を均すために膨大な蓄電池がいる。直流交流の変換が必要だ。結局太陽電池設計フル能力の15-6%しか使えない。その道具作りを化石燃料による電力でやったとしても、電力コストは今の倍はかかるだろう。これでは産業は疲弊して、市民の生活は戦前のレベル以下に落ちるのではないか。
どの政府も抱えきれぬほどの差し当たっての問題に苦吟している。温暖化は不確実だが起これば人類の危機だ。国家はどの程度おつきあいすれば妥当だろうか。これは保険の問題である。楽天家は地震保険などかけない。でも苦労性のヒトは火災保険、生命保険、旅行保険、ガン保険と、次々、保険会社の餌食とわかりつつも安心を買う。将来のGDPの割引率をアメリカ国債並みといたしましょう。だとすると3-4%。日本の国交省の公共事業評価に用いる割引率は4%だそうだ。世代間の公平性をGDPで等しいことと定義すれば、将来の温暖化による被害額の現在価値を求めるときの参考になる。著名な(と言っても私は知らなかったが)スターンレビューは、将来の温暖化の毎年の損害額をGDPの5%とし、温暖化防止の取り組みに要する費用は、早期から取り組めばGDPの1%で済むとした。具体性があって万民に訴えるレポートである。でも割引率が0.1%で、お話にならないという。
プリウスを改良してプラグイン・ハイブリッド車とする。カリフォルニア州には車検など無いから、そんな改造を事業とする企業があるそうだ。スペアタイヤを放り出して空いた空間にリチウムイオン電池と充電器を詰め込んで、電池だけで20kmほど走れるという。これなら我が家のように買い物だけに自動車を使うユーザーでは、ほぼ完全に電気自動車として使える。夜に家庭用100V交流電源から充電しておけばよい。プラグイン・ハイブリッドとはトヨタの次世代新鋭ハイブリッドに対する商標かと思っていた。奥様方のスーパーマーケット回りだけなら10kmも走ればいいのだから、軽自動車をプラグイン・ハイブリッドにすればよい。でも電気を作るために炭酸ガスを出すから、化石燃料車との排出量の差は内燃機関と火力発電所の熱効率の差になる。
内燃機関ではガソリンなら20%、ジーゼル油なら30%ぐらい。発電所では東電の最新鋭の横浜発電所なら50%ほど、これはガスタービンと汽力でやっている、理想効率が70%ほどだからもう限界まで達成できていると云える、汽力だけなら40%だ。アメリカのエネルギー資源の内、石炭は安価(発熱量ベースで1/5ほど)で国内に大炭田があり安定供給出来る。事情が中国と酷似している。米国の発電量の半分は石炭に依存する。オバマ大統領は石炭をエネルギー政策の基本にしている。横浜発電所の燃料はLNGを含む石油系液体燃料だが、アメリカは石炭ガス化により同じだけの熱効率を得たいと考えている。石炭ガスによるガスタービンは未だ工業化例がなかったはずだ。
EUは外交上手というか狡賢いというか。いつも基本にしている'90年には、東欧諸国にたっぷりと排出量節約代があった。EU統合によって彼らの経済は後退し排出量が減少、しかも後れた技術で産業を構成しているから、合理化代がいっぱいあると言う状況だった。さらに、排出権取引を域内で可能とし、EU先進国の見かけ排出量を引き下げるのに役立てた。マスコミがこぞって書き立てる北海浅瀬に林立する風力発電機は、いかにも環境先進地帯の象徴のようであるが、あれは外向けの宣伝看板というもので、懐に、少ない出費でうまく立ち回る仕掛けを別途ちゃんと持っているのである。日本の'05年比15%減は国内だけでの達成目標だから、その障壁の高さとは格段の差がある。
EUの目玉の一つはバイオジーゼル油だ。菜種やひまわりから採るという。農業振興策を兼ねる。食糧危機目前だからバイオ燃料は頂けぬ。燃料用耕地は新たに森を切り開くとしても排出量削減にどれほど貢献できるのか。光合成量は森林のままにしておいた方がきっと多い。少なくとも植え替え時には大きな差になるだろう。いっそのこと、木炭自動車にしたらどうだろうと考える。種だけではなく木材全部が使えるではないか。木炭化に化石燃料を食わない。種からの燃料油は結構化石燃料を食うので、削減量が少ないはずだ。食料生産にも影響が薄い。あれは日本で大戦中に実用化されたが、元々はフランスの発明である。更に進んでバイオマス発電所を作り、自動車は電気自動車とすると言うのが最も有効だ。
中国は、産業革命以来を基準として排出量を公平にする方式を主張している。技術革新の甘い汁を独占して世界の富を吸い取ったばかりか、現在の後発国に対し植民地化準植民地化でさんざん悪行を働いた先進諸国が、そのもう一つの結果である環境悪化にだけは、後発国も平等に負担せよと言うのは不公平も甚だしい。中国の言い分はよく分かる。この方式だとEUもアメリカも日本よりはるかに大きい打撃を受ける。卓球ではラバーラケット、平泳ぎでは潜水距離、スキーのジャンプではスキー板の大きさ、バレーボールではスパイク・ブロックのカウント取りやめだった。日本が王座を追われたスポーツ種目とルール改正の中身である。工業標準化でも日本は苦い思いを繰り返した。日本だけが対象であった時代には、EUやアメリカが有利な方向に横車を押すことは簡単だった。でも今は開発途上国側が数では勝っているから、EUもアメリカも我田引水を許されない。
排出権取引制度はアメリカの提案である。アメリカは'95年に国内の硫黄酸化物に対してこの制度を適応し成功を収めた。窒素酸化物に対しても同様の規制を敷いている。単純明快な対象には別に排出権制度を採らなくても規制できる。日本がいい例で、ほとんど完璧に規制できた。EUは域内の発電所などの大型炭酸ガスに対して'05年から排出権による規制を行った。東欧諸国は先述の通り経済の落ち込みで労せずして排出権を売ることが出来た。濡れ手に泡だった。それはEU全体としては削減施策をせずに内輪でハッピー、ハッピーとやったのと同じだった。トン当たり30ユーロで始まった排出権価格は、'07年には数セントに落ち込んだ。投機の対象であった。この反省に基づき、第3期にいたりEUは長期単位(8年間)の取引とし、今まで国ごとだった排出権の割り当てをEU委員会が一括して行う方式に変えた。これが世界対象になったら、たとえ排出権取引で行くことになっても、いったいまともに有効な取り決めが合意できるのか疑問に思う。多分百年河清を待つという格言通りの結果になる。まさに先延ばししたい諸国特にアメリカと中国の思うつぼだ。環境規制とか環境税になっても、捕らえどころのない相手なのだから、帯に短し襷に長し、大同小異になる。
だから私は一品主義で、たとえば発電所の熱効率は汽力タービン方式では40%、ガスタービン併用方式では50%と規定し、基準達成によるメリットを当事者と資金および技術供与者で分かち合う明々白々のルールで、国際協力が一日も早く順次各産業に成立、実行されることを願うのである。発電所、鉄鋼業、セメント工業など大型排出型産業でのエネルギー効率の向上は、差し当たって出来る誰もが喜ぶ対策である。後発諸国はもとより先進国と自負している諸国にもかなりな段差があるのだから、最新技術への更新にまずは取りかかるべきである。そのために世界の諸国は資金と技術の供与と見返りを惜しんではならぬ。日本の技術レベルはその最先端に位置していることは誇ってよいことだ。私はここらあたりが妥当な出発点と思うがいかが。
(付記:'10/01/24)本書には何故か原子力発電による温暖化ガス対策が出てこない。経済的に最も有効で技術も最終廃棄処分以外は確立されて久しい。で世界規模で実施されている。我が国の発電量の4割は既にこの方式だ。画竜点睛を欠くと思った。

('10/01/23)