エトロフ発緊急電U

以下は本HP「エトロフ発緊急電」の続編である。
本小説の登場軍人の性格付けもなかなかのものだ。警備隊長の中尉はキャリアだが、自分の女癖がばれて駆逐艦から僻地勤務に左遷になった。ゆきに色目を使って厳しく拒否される。ゆきが賢一郎に傾斜する伏線になっている。陸軍憲兵隊磯田軍曹は、執念深く文字通りの地を這うような捜査法でスパイを追い詰めてゆく。日本における情報収集の中心は宣教師スレンセンだ。彼のスレンセンとの接触は南京陥落の時に遡る。彼は4年で軍曹に昇進した。有能なノン・キャリである。
秀吉の頃のイエズ会宣教師の古文書に、日本占領の進言が残っていることを、たしかNHKが報じたことがあった。本小説出版より後のことである。キリストの教えに国境はなかろうが、宣教師には国籍がある。民族の文化が絶対価値の如何に関わらず、アヘンとして悪用されることがある。異文化の導入には細心の用心が必要だ。現在で言うなら北朝鮮、ミャンマー、イスラム系の過激原理主義者団体などでは、少なからざる人々がそう思っている。スレンセンは南京に踏みとどまり、日本軍の中国人に対する暴虐ぶりを見届ける立場になる。殺戮・強奪・暴行が生々しく描写されている。不幸の源は、中国南京守備軍のまずい敗戦処理にあったと私は思う。首脳陣が逃亡したため上級指揮官不在の不統一降参となり、軍服を脱いで市民に混じり込んだ軍人も多数出た。日本軍はこれを便衣隊(テロ隊、ゲリラ隊)化と見なして、容赦のない落人狩りを行った。今のアフガンを見れば分かるように、テロ兵士と市民の区別など出来るはずもない。機会があれば、私は、国民党政府が南京離脱の将軍たちをどう処置したか調べたい。指揮放棄将兵遺棄を罪としたか、非降伏を賛美したか。国際法と国内軍規の狭間で揺れたはずで、当時の、戦争で起こりうる事態に対する中国国民の感性が分かる。
スレンセンは中国人の恋人を凌辱され殺される。スパイとなる直接の動機だ。戦闘直後の兵士の獣性爆発は止めようがない。近くは旧ユーゴの内戦やアフリカの民族紛争などで、ヒトはこれほどまでやれるのかというヒトの性の陰の部分を見せつけられた。元寇の折には元軍軍船の船べりに、対馬住民の切り落とされた手首が数珠繋ぎにされていたし、大阪城落城屏風には避難する女子どもに襲いかかる家康勢が描かれている。ヴェニス共和国軍がヴィザンチン帝国首都コンスタンチノープルを落城させたとき、日にちを限ってだが、兵士の市民に対する略奪行為を公認したという歴史、更に古くはカルタゴを占拠したローマ軍が市民全員を奴隷として売却したという歴史もある。探せばきりがないほどあるのだろう。南京ではスレンセンには日本軍は暴力をふるわなかった。米人だったからだ。一定の規律はあったのである。
開戦直前の都会の市民生活が描かれている。食糧事情が窮屈になり何もかもが配給対象となる。外国人も、レストランでまともな食事をするためには、パスポートの提示が必要だ。下宿屋のおばあさんは米2斗の贈り物で喜んで部屋を貸す。畳部屋の狭ぐるしい下宿部屋は、松本清張や向田邦子が描いた、そして私が経験した昭和中期のその姿とそう変わりがない。海軍さんの自動車はさすがにガソリン車だが、一般民間人は木炭自動車を使う。木炭自動車は馬力不足でガソリン車に追い越される話が出ている。木炭バスに乗ったことはある。京都は比較的平坦だからか、そんな経験はないが、坂道の多い町では、坂にさしかかると、乗客は降ろされて後押しさせられたと聞いたことがある。
太平洋戦争は窮鼠猫を噛む面があった。海軍の決断の重要な背景に、欧米諸国の石油禁輸策があった。海軍はあと何ヶ月も燃料が保たなかった。石油は言わずと知れた近代国家の命である。資源国が非資源国に輸出禁止を仕掛けて対外政策の軟化を迫る。現在もしばしば行われる資源国の常套手段である。日本は当時、現在の北朝鮮のような立場にあった。北朝鮮は核兵器開発に血路を見出そうとしている。当時の日本は国費の7-8割をわり振ってまで拡張させ続けた軍隊に、血路を開かせようとした。マスコミは南方の石油を押さえるしかないと強硬に勇ましい論陣を張っていた。
日米開戦不可避の雰囲気が支配的になりつつあった。新聞など熱い方に味方するだけで、むしろ良識を殺す方に役立つ。かって共産党は大新聞を商業新聞とこき下ろした。ある程度は的を射ている。開戦が破局を意味することを知る良識派もいたが、軍部も国民も聞く耳を持たぬほどに熱に浮かされていた。日米の関係は作用反作用の法則通りに進んだ。突っ張り合えば負けることは、ハワイの出稼ぎ娼婦ですら感覚的に知っていたが、自縄自縛に落ち入っていた国民は誰も引き下がれなかった。出稼ぎ娼婦とは、本小説の架空の人物で、東北から売られていった娘である。昔のNHKドラマ:「花へんろ」に水野広徳海軍大佐が官憲からも社会からも迫害されるシーンがある。彼は著書:「次の一戦」(大正末の刊行)で、日米が戦えば緒戦の勝利にもかかわらず最後はアメリカに敗れると予言していた。司馬遼太郎原作のNHKドラマ「坂の上の雲」では伊予出身の3人:秋山兄弟、子規が主役だが、水野も伊予出身だった。
NHKスペシャル:「海軍の真実1,2」に旧海軍の軍令部の役割が紹介された。今までさほど関心を持たなかった軍令部に以来注目するようになった。トップに長期にわたって実力派の宮様をいただく組織で、海軍は皇室を利用しながら着々と軍艦を建造した。宮への天皇の信頼は厚かったとある。軍人と言えば国家主義の権化のように思いがちだが、実際は省庁あって国家なしで、直接所属する組織への狭い忠誠心だけで国を過たせたと結論づけていた。軍令部は海軍の戦略にも大きな発言力を持っていたらしく、本小説には、ハワイ奇襲作戦に反対の立場から、山本提督の艦隊司令部と対立する様が描かれている。昭和天皇が対米戦争に反対であったと言う証言はいろいろ聞こえてくる。この小説でもそのように描かれている。だが、いかに擁護しようとも、皇室が戦争準備に深く積極的に関わり合い、ついには宣戦布告したことは否定しようがない。
スパイ映画と言えば007。でもあんな派手なアクションが現実的でないことは誰でも承知している。本小説のスパイ行為は至って地味だ。それでも夜間に邸に忍び込み、海軍軍人や書記官の鞄から資料を抜き取りあるいは写真複写する。忍び込む技術、特高の目を避ける方法、追跡や尾行を撒く方法などは、普通人よりは幾分運動神経に優れ、身体強健で、専門教育を受けた人間として、可能と思わせる程度に描かれている。長距離列車は目的地の手前で下車し、普通列車に乗り換えて目的地に到着する。荷物の多い母子を見つけて、親子になりすまし、憲兵の目をかいくぐる。目的地を誤魔化すために細心の注意を払う。感づいた相手は容赦なく殺す。屍体にナイフを入れ海に投げ捨てる。浮き上がらないように念を入れたのである。この作業はスパイ授業に入っているそうで、私はその意味がはじめは分からなかった。
駅逓のもてなしに出す手作りのフレップ酒の話がある。イジッチャリを焼酎に漬けただけの赤色のリキュールとなっていた。調べたが、イジッチャリは分からなかった。コケモモがフレップと呼ばれていたことは分かった。イジッチャリはコケモモの類に対する択捉島方言(千島アイヌ語)なのだろうか。近所の植栽にコケモモがあって、今赤い小さな実をたくさんつけている。コケモモは寒帯植物で、本州では中高山地より高所でないと自生していないらしい。ここは温帯の平地なのになぜ?。(追記:1/9に青葉の森公園の緑の相談所を訪れた。コケモモではなくコトネアスター日本名ベニシタンらしいと分かった。前庭に植わっていた。よく似ている。コケモモとしたときも一応は図鑑写真で比較していた。私の植物分類もまだまだである。)
半年あまり後のミッドウェー海戦までの間、日本は緒戦で得た優位を維持した。国力比較でならあり得ない優位であった。ハワイ奇襲作戦という戦術が成功したおかげである。あまりにも見事な成功であった。だが、その成功物語が仇となって、完膚なまでに敗北するまで、だれも次の一番大切な戦略ステップ・講和に踏み出せなかったのではないか。

('10/01/05)