Xmasクルーズと神戸南京町
- 飛鳥のXmasクルーズで横浜・神戸間を往復した。ホテル1泊を挟んで前後をそれぞれ1泊のXmasクルーズをするのだ。ショートクルーズは未経験だし、Xmasがそれに重なったらどんな雰囲気になるのだろうかと楽しみだった。関西には長年住んだので、昔の神戸なら少々は知っている。でも南京町は見たことがないし、この時期だけの催しである神戸ルミナリエはもちろん新聞記事でしか知らない。これも楽しみだった。今度の旅行を2分して、南京町の町歩きまでをこの文に、ルミナリエ見物以降を「神戸ルミナリエとXmasクルーズ」の題で本HPに載せることとした。
- 今回クルーズでは往復とも同じ角のキャビンになった。廊下を人が通らないし、一方の壁面がデッキへの通路だから、そちら側からの雑音が入らない。部屋にはオーニソガラムの花が飾られていた。いつもこの花なので名前を覚えてしまった。子宝草とも言うこの花は2週間ぐらいは元気で、花が下から順に上へ向かって開花する。世話がかからず船にはもってこいの花だ。セイルアウェイ・パーティに出る。ショートクルーズだというのに随分と大勢の見送りだった。神戸下船の時団体さんが何組もいたからその関係かな。クリスマスクルーズだからか、動物のぬいぐるみがバンドに合わせて愛想を振りまいた。ウェルカムドリンクにホットワインを出していた。別府へのクルーズの時に経験したが、寒い日のドリンクとして好適だ。
- 今までのクルーズではディナーは2回目にしていたが、今回は17:15-19:15の1回目にした。ダンスタイムを十分に取ろうと思えば、第1回の方が有効と思ったから。人数は第1回の方が多いようだ。3つ揃のインフォーマルで出席。我々はクルーズ歴10年だが、同席の老夫妻は最初の飛鳥の最初の世界一周の経験がおありのようだった。フォーマルの日に半パンで現れた人がいて途中で下船させられたとか、出航時間が来ても一向に帰ってこないのが常習の豪傑と一緒の行動を取ったために、毎回放送されて有名になったなど面白い話をしてくれた。第1回というと15年前だ。思い返してみると、あの頃には、世界は自分を中心に回っていると誤解しているのではないかと思えるような、唯我独尊のユニークな人が社会のトップクラスには多数おった。
- ディナーはフランス料理のフルコースで、美味かった。メインディッシュは選択形式で、我々は金目鯛料理にした。ドリンクはハウスワインにした。もうその頃は東京湾を出ていた。後刻の放送で知ったのだが、風速30m/sの台風に近い風が一晩中あったらしい。でも気づくのはダンスタイムになってからだった。レストランではクリスマスの赤い帽子を付けた給仕たちが、ローソクの点ったケーキを捧げてテーブルを巡回する恒例の行事を行い、そのお裾分けがコーヒーとともに客全員に配られてお開きになった。バンドのメンバーは以前と違っていた。リクエストを受けるようでもなかった。
- 飛鳥プロダクションのショー「ホーリーナイト」を見た。ここでもメンバーは入れ替わっていて、歌手、ダンサーとも記憶の人はおらなかった。結構揺れていたと思うのだが、達者に踊った。マジシャンは乗船していなかった。馴染みのある曲がほとんどであった。その次はエリアント・ラウンジコンサートで、11Fのパームコートにおいて40分も演奏した。ピアノとフルートのハーモニーを聞かせた。関西主体に活動をしているグループのようだった。演奏中の雑談が耳障りであった。彼らはいい年をした男女のグループであった。
- ダンスタイムは小1時間ほどにした。揺れて足元がしっかりしない。踊っているのは我らのような夫婦者は少なく、女客がダンスアシスタントとやっているのが目立った。汗だくになってしまいカッターの浸みが目立たないか心配であった。12Fグランドスパの中央の大風呂は大波が立っていたので、船の揺れを改めて知った。
- 翌朝、フラ教室を見学。文字を持たなかったハワイ原住民が、意思を伝えるために手話的手段を入れた踊りにしたのがフラだといい、その一つ一つの所作に意味を付けて解説していた。そういえば古典バレーもバリ島の舞踊も仕草に意味があると聞いている。塗り絵教室にも顔を出す。ついでビンゴ大会にハリウッドシアターへ行った。第2ゲームであるラッキーセブンビンゴで家内がトップでビンゴを達成し、大きな飛鳥ロゴ入りのバッグをもらった。ビンゴで賞品を得たのは久しぶりで、飛鳥付属の写真屋さんが私も入った記念写真を撮ってくれた。続いて国際信号旗入門講座に出た。私の飛鳥グッズに国際信号旗を模様にあしらったバンドがある。ローマ字を表す旗を並べただけのものである。この場合は表音文字的だが、表意的に少ない旗数で意味を表す場合がある。船と岸壁側で交わす挨拶を例に講師が説明した。講師は女性三等航海士で、東京海洋大学水産専攻科の昨年度卒業生らしい。飛鳥の仕様とか航海に関する常識も説明した。
- 昼食のころ神戸空港が見えた。我々の船が着岸する中突堤の隣のポートアイランドの南端にある。滅多に飛行機が飛ばないそうで、我々もなかなか飛行場とは気がつかなかった。でも言われてみて注視すると旅客機が1機停まっていたので分かった。
- 15時に上陸。海洋博物館、ホテル・オークラ前を通り、いかにも中国風の長安門から南京町に入る。右から左に長安門と書いてあるから、創建は清国時代か。門内の横書き漢字はすべて左から右に書いてある。一度入ってみたいと思っていた中華街だ。西安門までの狭い区画だが、人が溢れていて活気がある。赤いランターンが輝きを増す夕刻頃になると、中華街の雰囲気がいやが上にも高まってくる。台湾や上海あるいは香港の大通りから少し入り込んだ位置のそれである。食事時が近づいたからでもあろう、あちこちの店に列が出来る。麺類やら豚まんやら小籠包やらシュウマイそれから春巻きに餃子など、中華料理の中のファーストフードを1品単位で売る店に行列が出来ている。豚まんは関西用語で、東では肉まんだと誰かが言っていたが、たまに肉まんと書いている店がある。難しい漢字は使わずに仮名書きにしてあるのが庶民的でいい。
- その中でも特別に長い列が老祥記なる豚まんを売る店に出来ている。なにしろガードマンが1人いて列の整理をやるほどだ。店の調理場がガラス張りになっていて、11人のコックが分業体制で、ただその1品を作るだけに精を出しているのが見える。同じ仕事ばかりでは飽きるのか、分業の受け持ちは時折ローテーションするそうだ。ガードマンに聞いたら1時間待ちと言った。行列はいつものことらしく、ガードマンの予想は正確だった。我々は依頼人の分を含めてたっぷり買い込んだ。店に申し訳程度のテーブルと椅子があったので、そこでとにかく試食する。いつも食う豚まんと違って脂っこく味も濃い。ここの豚まんはおかず型だと話し合った。でも確かめたくなった。南京町の向かいに大丸がある。この地帯では老舗だ。その地階に蓬莱の551があることは知っていたので立ち寄って買い入れた。こちらは日本人向きに調整したあっさり味だ。皮が厚く大型で、それだけで1食になる。
- 元町商店街も歩いてみた。昔大阪勤務であった頃時折は通ったことがある。記憶に残る店が次々に現れて懐かしかった。小さな店だが、えびら飴本舗が相変わらずの品揃えで我々を迎えてくれた。
- デジカメとは便利な道具である。旅行中メモを取る必要もない。3泊4日の旅で200枚を越える写真を撮った。PCのHDDに移す。撮影時の日時が入っているから、健忘症?気味になりつつある私の頭でも、写真を見ながら順序を間違えずに記事を書くことが出来る。
('09/12/11)