ボーイング787

青木謙知:「ボーイング787はいかにつくられたか」、サイエンス・アイ新書、'09を読む。ボーイング787は、全日空ANAが大量発注をして開発がスタートした旅客機と記憶している。開発は遅れに遅れて未だ世界の空に商用機は羽ばたいていないはずだ。長時間旅客機の狭い室内を我慢しながら、ヨーロッパやアメリカに旅行する年齢ではなくなった。今では汽車の旅、船の旅が私には向いている。でもボーイングは忘れられない名前だ。太平洋戦争末期に飛来して、焼夷弾による無差別攻撃を仕掛け、京都奈良以外の日本の都市ことごとくを焼き尽くし、民衆に多大の死傷者を出させた空の要塞B-17とその後継機B-29はボーイング社の製造で、日本では戦中はボーイングB-29と呼び習わしたから。
ボーイング社が現在商業生産中の機種の紹介がしてある。簡単な仕様もついている。5種あり、それぞれに用途に応じたヴァリエーション(サブグレード)をいくつか持っている。そこそこに違うようなので、正確には各航空会社のHPのデータを見るのがいい。先に「新世代鉄道の技術」(本HPに記載)を読んだとき、旅客機と鉄道の消費エネルギー比較に興味を持った。その本には回答はなかったが、福井県のHPに一例が載っていた。東京-大阪間の輸送で1座席あたり、のぞみ(JR東海の資料)vs.B-777-200(ANAの資料)が1:6とあった。後者は1時間飛んでジェット燃料7.0tを使う計算になる。国際線になると機体重量は燃料分がグンと増大するから大変である。JALの参考資料(機体関連)というHPに東京-NYをジャンボ・ジェットB-747-400で飛ぶ場合が書いてある。離陸時375t、着陸時250tとある。消費燃料が105t、予備が20t。消費速度はそれぞれ12.6t/h、8.4t/h。推力は巡航速度マッハ0.85におけるJAL資料の最大揚抗比17を使って22.06t、14.71t。この数字の比は燃料消費速度比に一致する。エンジン性能がロードに対してフラットなのだ。エンジン最大推力は104t。フル運転は離陸時だけで、あとはほとんど能力の2割以下で動いている。4基のエンジンの3基が停まっても平気だという意味が分かる。
B-787の受注は好調なのだが、納期になってもいっこうに完成しない。本書はその遅れを見込んでの発刊だったと思うが、その予想日も通り過ぎてしまった。完成していないから詳しい仕様は発表されない。多分著者ははぐらかされた空白を埋める文字に困惑したであろう。B-787という表題にもかかわらず、その関連のページは8%程度である。本機が最新のIT技術を活用し、より高度の安全性、低公害性と乗り心地を追求していることは疑いない。だがなんと言ってもその特徴は20%の省エネにある。新型ターボファン・エンジンの寄与率が最も高く8%ある。多分その次に高い寄与率を与える要素は、複合材料の大巾採用による軽量化であろう。そのため外国の優秀な技術を積極的に活用する。三菱重工、川崎重工、富士重工の日本3社は(機体の?)35%を受け持つという。ことに炭素繊維材料に関して最先端を行く会社だからだろう。ボーイング社は外国発注部品の運搬のために、ジャンボB-747-400を改造した専用貨物輸送機を造ってしまった。お尻がパックリ開くのでびっくりさせられた飛行機だ。あの扉の開閉には専用車両によって厳重なコンピュータ管理の下に行われる。お尻とは云え結構重くその荷重を支えながら開けるのだから大変だ。
B-787は基本的には国際線用だ。1万kmほどをジャンボよりもちょっと少ない人数を載せて飛ぶように出来ている。仁川vs.成田vs.羽田のハブ空港競争論が一時賑やかであった。前原国交相が羽田ハブ空港化を容認する発言をしたというので、千葉県の森田知事は大騒ぎをした。ボーイング社は、世界の今後は、1地域1巨大ハブ空港よりも、多数の拠点空港を繋ぐ緻密なネットワークの形成に進むと見ている。日本の現状はまさにその通りである。そのための長距離中型機がB-787だ。ジャンボの次は超音速の時代が来ると、コンコルドやコンコルドスキーに注目した頃もあった。投資ファンドの時もそうだったが、ヒトはトレンド予想に、いつまでも従来傾向が続くとするリニア近似思考(大きく早くなる)から抜け出せないものだ。
ライト兄弟の飛行機は複葉で今のオートバイ程度の出力のガソリンエンジンだった。ボーイング社は1次大戦最中に軍用を当てに創立された。初期の納入機は複葉水上機で、10年前の大衆乗用自動車程度の出力だった。創立後10年ほどになると200HP程度となり、戦闘機にもなると500HPのエンジンを積むようになる。今では高級車レクサスのスポーツカータイプぐらいになると、この程度の馬力はあるそうだ。民需として特筆されるのは郵便配達機だ。ボーイングは郵便貨物空輸会社を設立。続いて旅客航空会社を設立。3発エンジンの18人乗りという大型機が出現する。その後航空機製作と空輸事業は分離されたが、あけぼの時代の航空事業全体の両輪となって基盤確立に役立った。陸海軍のサポートも発展に役立った。民需よりむしろ軍需の方が牽引役であった。'31年には単葉全金属製戦闘機を大量に納入している。
まだ小学生であったが、太平洋戦争の頃聞いた敵戦闘機の製造会社としてのカーチス、ノースアメリカン、ロッキードとかグラマンの名は忘れられない。米国では戦後の統合で航空機メーカーは次第に数少なくなり、現在はボーイング社がアメリカ唯一の大型旅客機製造会社になっている。グラマン社のちのマクダネル・ダグラス社は戦後も活発に活動し、DC-8などの旅客機を民間に供給し続け、アメリカ国内ではボーイング社最大のライバルであった。しかし'00年にボーイング社に吸収合併され、最後の開発機MD-95は名をB-717と改め、商業生産されたが、'01年に製造中止となった。ジェット機への乗り換え決断の成功、重爆ベースの大型機技術の蓄積などが民間の空事情に合っていた。今では軍用機からは完全に手を引いているという。迂曲曲折の末の今日である。
単葉全金属双発引き込み脚という近代的旅客機はボーイング社が'33年に、ロッキード社が'34年に開発した。乗客数はともに10人で始めて2桁台に上がった。エンジン馬力は前者が550、後者が450だった。主にヨーロッパ戦線で活躍したB-17のエンジンは1基が1000馬力、日本を空爆したB-29では2200馬力あった。大戦末期に長距離戦闘機として開発中の試作機のエンジンは3000馬力であったという。プラット&ホイットニー社のエンジンだ。この会社のエンジンは民生用軍需用を問わずあらゆる航空機に顔を出す。エンジンに特化した大型の会社が育つ広がりが、大戦前からアメリカ航空機産業に存在したと言うことだ。零戦搭載のエンジンは改良型でも離陸時最大にフカせて1500馬力程度であった。高速で高々度飛行しているB-29に日本の戦闘機が追っつかなかったことは覚えている。高々度飛行は今では旅客機の常識になっている与圧システムの採用により可能となった。
以前このHPに「老舗製造業」という題で、日本は世界に希な長寿企業の多い国だと紹介した。先日新聞に明治生まれが何万とあると書いてあった。ボーイング社は大正生まれだから、日本でならまだ歴史ある企業などと威張れないのだが、アメリカの汎用航空機業界では希有の存在なのである。その事業は今や宇宙産業にも及んでいる。スペースシャトルはノースアメリカン・ロックウェル社の航空宇宙・防衛事業を買収することでボーイング社の事業製品となった。デルタ・ロケットはマクダネル・ダグラス社の製品だったが、完全合併でボーイング社に属することになった。国際宇宙ステーションの主契約社もボーイングである。'00年にはヒューズ社の衛星事業部門を手に入れた。かくて今やボーイング社は押しも押されもせぬ総合宇宙産業会社でもある。

('09/12/05)