何が何でも五能線
- 「五能線」でこのHPを検索すると、私は今までに大人の休日パス利用で3回乗車を試みて、3回とも駄目だったことが分かる。最初は指定席が取れなかった。観光列車・快速しらかみ号は全車指定席である。弘前から秋田まで5時間弱かかるから、途中で宿泊しない限り、普通列車という手はない。急行も特急も通らない。2回目は雪見が目的だった。指定席は取れたが、吹雪で運行中止。3度目は夕陽が狙いであった。前日までの大雨のために列車は動かなかった。4度目の正直が成るか、今回も日本海への落日が目玉である。津軽半島一周のバス・ツアーはやったことがあるので、沿線の風景は一応は見ている。
- 第一日目はJRの列車に乗っているだけの旅行である。しらかみ号は6本あるが、夕陽に適切なのは6号だけで、弘前発が16:09、秋田着が20:43だ。私は千葉を9時前に出発した。夕陽を見たあとは新潟県の観光に回る予定にした。太平洋上にある台風12号の影響で千葉は雨交じりの天気であった。昨年の運行中止の記憶がよみがえる。蘇我駅で特急に乗り換えるのは初めての経験で、ホームが陸橋を跨いだ別の場所であった。八戸からの新幹線の延長工事は順調で、高架線路にはもう架線が張られており、新青森駅はほぼ完成していた。新駅前から、青森市内に通じる道路を敷くためであろう、在来線脇の林がきれいに刈り取られていた。
- いつもこの時期に感じるのだが、野辺地駅あたりまでは黄色の野草が路肩一帯に咲き乱れている。何種類もあってたいていはキク科と思えるのだが、中にはポンポン咲きのように見える野草もある。オミナエシかと見える群生種もあった。オトコエシもある。木本では大型の白い花笠を担いだような樹木が方々に見えたが、種類までは同定できなかった。葉は対生の奇数羽状葉である。なんだかナナカマドに似ているのだが、季節が合わない。頂部一面にややくすんだ白色のまばらな傘状の花をつけている、葉が掌状の植物がある。ひょっとしたら蔓性なのかもしれない。タチヤナギは東北の特徴的な樹木に思える。セリ科の花も多かった。礼文島で知ったエゾニュウという大型の草はひときわ派手である。我々の地方ではとっくに終わったムクゲやアジサイがまだ咲いている。サルスベリは旅行先のあちこちの民家の庭で見た。我々の住まいでも今が盛りだから季節のずれはこの木に関してはないようだった。ススキとアシも全盛であった。
- 弘前では1時間あまりの余裕があった。地下道を通って駅東口まで回ってみた。西口が表口なので私はここまで来たことがない。よく整備されている。黒石に行く弘南鉄道弘南線の弘前駅が、JRの駅の東側にへばりつくように設けられている。1時間に2本出ている。黒石は今回の行き先に検討した候補地の一つであった。次回あたりで出かけたい。車両は茶と白のツートンカラーの古めかしいジーゼルカーのようであった。弘南鉄道は大正末期に開業したれっきとした私鉄である。弘前に始めて旅行したのは'90年前後だったと思う。駅舎が建て替わる前である。その土産物コーナーに津軽塗りの店があった。今のステーションビルには3Fにわたって土産物などの店が出店しているが、津軽塗りの店は引退してしまって姿がない。でも駅前共同ビルの地階に特産品のコーナーがあってひっそりと並べられていた。他の伝統工芸品と同じく需要も製造も細ってしまったのであろう。
- 今回は首尾よく?予定通り発車した。ちぎれ雲がたなびく秋空で、執念の日本海落日鑑賞には絶好のお天気模様であった。バンバン撮った写真のプロパティを見ると、深浦駅付近の18:01に太陽が半分沈んだ。大海原に日が沈む光景はクルーズ中にしばしば見たはずだが、目の縁に、岩陰やら海岸やらあるいは打ち寄せる波のしぶきを感じながら眺める日没は、また格別の味わい深い風景であった。日没鑑賞は人気があるらしく、写真撮影に余念の無かった一人旅の若い女性が深浦で下車していった。ほかにも何人か同類がいたようだ。東能代を過ぎてから月が低い位置に上ったのに気がついた。十三夜ぐらいで周囲を明るく照らしていた。
- その日は秋田の東横インに予約を入れていた。このホテル・チェーンは一人旅のときによく使う。部屋の仕様が決まっていて、たとえばベッドから見上げる時計の位置がどこでも同じといった具合だから、ついそこに決めてしまう。次の新潟もそこだ。雨に濡れずに駅から直行できるのもいい。レストランは付いていないが、駅ビルには必ずそれなりの食事処があるから不便ではない。何十年も昔現役の頃に秋田に観光旅行に来てしょっつる料理を探したことを思い出した。今回は一人だからやめておく。なんだか単純で塩味が効いていた料理だったと記憶している。ハタハタを使うのが特徴であった。塩味がきついという意味では、次の日の昼食の駅弁「秋田こまち弁当」も、その次の日の、これは新潟の駅弁だが、「さけのつけやき弁当」もそうだった。
- 東北は塩分摂取が日本平均より高い地方である。醤油の小瓶が2本も付いているのは、土地の人にはまだ物足りない味なのを気遣っているのであろう。NHK「天地人」で、信長が京都の有名料亭の公家風味付けに怒ったので、主人が田舎風に直して出したところ機嫌が直ったというシーンがあった。田舎風とは塩味を効かすということであったろう。よく肉体を使う人には塩分が必要なのだ。その伝統が今に残っているのであろう。翌々日新潟から我が家への帰途では車中の夕食用に「小鯛寿司」を買ったが、これはまた酢が効きすぎて不味かった。腐敗問題中毒問題があるので安全サイドにしてあるのだろう。でも本来の味まで犠牲にされては食べる方がたまらない。一人旅の悲哀でもある。一人の時はファーストフード店以外に食事に立ち寄ることは滅多にない。
- 翌朝新潟に向かう。いなほ8号での私の指定席のある1号車はグリーン席と半々になっている。羽越本線は所々単線である。五能線に劣らず美しい海岸線を走る。羽後本荘あたり一帯のマツ若木の植林は松食い虫被害の結果なのであろうか。鉄道は田んぼの平地部を避けて山際を走る。線路の近くの田は条件が悪い場所なのだろう、休耕田が目立つ。「NHKハイビジョン特集 世界遺産西本願寺10年大修復を追う」の前編で、その耐震性の大きな理由となっている土壁の作成過程を見せた。餅米の長い藁が竹筋を縛り壁土の抗張力を出すのに必要だという。FRPのようにほぐされた長い繊維が引っ張り応力を出すのだ。車窓から見る稲穂はもう頭を垂れていて、まもなく刈り取れるほどに生育していた。確かに普通の稲穂は短いし、コンバイン機による藁ではますます竹筋用には向かなくなるのであろう。NHKクロ−ズアップ現代「スーパー雑草大発生」では、除草剤の効かない雑草が田に蔓延っている話が出ていた。収穫量が何割と減少するほどと報告されたと思うが、車窓からではほとんど確認できなかった。
- 日本海沿岸は全般に海に削られ海岸線が後退しているのであろうか。海岸線ぎりぎりを走る場所には大型のテトラポットの護岸ブロックが波が岸の岩やコンクリート堤に打ちかかるのを防いでいる。桑川から村上に至る海岸線は岩石が直接海に突き出ていて優れた景観を造る。鉄路と海岸の間に集落が見える。わずかな平地に細長く道路の両脇に家が並ぶ。国道はこの旧道を家1-2軒分外した海岸寄りに走っている。旧道の道幅はどの集落も決まって3mほどの幅だ。我が家人の里にも旧道と新道があって、旧道は3m幅くらいだから、ある時代にはその程度の幅が規格であったのであろう。集落の景観にはまだ戦前の面影が残っていて懐かしくもある。国道にはあまり車影を見なかった。羽越本線の普通車には人影は少なく、コンテナー列車の貨車の大半は空であった。駅ごとの大きな農協倉庫、都会では見られない広々とした家屋などとは対照的であった。
('09/09/16)