
- 春の講義の出だしはサリンになってしまった。あとDDVPを通るからいきなり農薬に入ってしまう。何時もとは違う順序だがまあ仕方が無い。私は、今日の若者の理工離れは、理工が身近でない、ますます遠い存在になりつつある証拠と思っているから、化学の存在感を誇示できる機会はどんどん使うこととしている。今回はサリン、昨年まではエイズ。要するに時事化学であれば、技巧を弄せずとも釣込めるのである。ちっと専門用語が入り出すともう退屈し始めるが、電気系でもサリンに関して化学で何がやれるかには関心が強い。低学年では右手を上げさせ教わった知識を悪用しないと誓わせてからサリン製造法を講義した。
- アメリカが核武装をしているのに北朝鮮が原爆を作るのがなぜ悪い。窮鼠猫を噛む姿勢が無ければ小国の文化はロールで轢かれる。民族の独自性独立性など吹き飛んでしまうわいな。国内だって同じ。体制派でない集団から見れば自衛隊も警察も気違いに刃物。何時襲うか分からぬ相手に自衛のための軍隊を持とう。サリンも持とう。自動小銃も持とう。体制派と同様に反体制派も武装する権利がある。
- 直接火の粉が降りかかる距離で争われているこの論理の適不適に我々は悠長に構えてはおれぬ。北朝鮮は原爆を持ってはならぬのである。過去の外交政策に中小の過失は山のように在るだろうが、許しがたい過失はまず無いと言ってよい歴史のアメリカに、国際警察軍の役割を委任すると言うのが、人類が散々殺し合って到達した智恵である。国連に警察軍を置くほうが一見公平なようだが、どんな軍隊になるか想像も出来ぬ今日では、軍が出来ても私なら治安を委任できない。国内またしかり。戦後50年の歴史は戦前を知る疑い深い反体制派にも警察権の委任にまでは言及させなくなったと思う。徳川300年の平和の理由が何に集約できるか知らぬが、秀吉以来の平民非武装化も原因である。戦火をくぐり抜けた身は明日の命の保証が無い國は野蛮国じゃと思っている。身勝手な論理を武装背景に押し通されては溜らん。
- もう一度、無関心は罪悪であると結びました。
- 皆さん方のお話しぶりを聞きたいですね。
('95/04/25)