進化から見た病気
- 栃内新:「進化から見た病気−「ダーウィン医学」のすすめ−」、講談社BLUE BACKS、'09を読む。「はじめに」に風邪の話が出てくる。私は近頃は年に2-3回風邪を引く。高齢化と共に回数が増加している。昨年暮れにかかった風邪は完治にほぼ1ヶ月を要した。クルーズの途中、上海あたりからおかしくなり、一旦は治りかかったのだが又悪化した。医師は風邪の2度引きをやったと笑った。医師は4種の薬剤を処方してくれた。
- 薬局がくれた説明書きによると、内3種は症状改善目的で、もう1種は細菌性感染症に対する抗生物質である。風邪はウィルス性の病気である。だから抗生物質は抵抗力減退を心配して予防薬として処方したのだろう。本書の「はじめに」にいきなり風邪の治療法が出てくる。病院で注射をしてもらわなくても、薬を飲まなくても、普通の風邪ならば、暖かく安静にしていれば自然に治るとある。さらに続けて、「発熱や、咳・くしゃみなども、風邪を治すための「有利な性質」なのである。その症状を和らげることは、ウィルスとのたたかいを妨げることとなる。」と書かれている。著者が医者ではない点には留意せねばならない。私は、このHPにも紹介しているが、浜六郎:「コレステロールに薬はいらない!」、角川oneテーマ21、'06を読んで、医師に投薬量を半分にして貰い、好結果を生んだ。私の乗るクルーズ船の船医は、南極越冬隊の経験もあるという女丈夫で、風邪ぐらいでは薬はくれないと言うのが仲間内の噂であった。親からは、外から帰ったらまずうがいが予防策の第一歩と聞かされていた。だが、うがい薬は有用菌をも殺すから、効果相殺で予防の役に立たないという記事が新聞に出ていた。両極端の意見の中にいるのだから、自分なりの哲学を持たなくてどうする。
- 私の医師は風邪の2度引きと言ったが、風邪のぶり返しの方が正しい表現であったと思う。なぜなら2度目の風邪も症状は殆ど同じで、同種のウィルスにやられていたと思うからだ。2度引きというと、あらためて別種のウィルスに罹ったように聞こえる。喉の粘膜がやられたから、アデノウィルスが主力であったのだろう。当時私宅の周辺では腹痛を伴う風邪が流行していた。これはエンテロウィルスだと書いてある。だから、私の風邪は船でうつされたのか、あるいは上海でおみやげ代わりに貰ったかである。ぶり返しの仕組みが載っている。せっかく免疫機構のマクロファージが発熱指令の化学物質を送ったのに、解熱剤が妨害したため視床下部に伝わらず、体温はそのままだったからだ。
- 体温上昇は免疫機構を活発化させる一方、ウィルス増殖を阻害する。私は治ったつもりになって、当たり前に活動したから、ウィルスは又繁殖し出した。安静は、生体防衛に振り向けられるエネルギー割合を増やすとある。でもその科学的な意味の説明はない。エネルギー=カロリーならいつも十分摂取している。抗インフルエンザ剤タミフルの説明がある。抗風邪ウィルス剤はないらしい。何故だろう。風邪ウィルスと言っても種類が多すぎるためか。風邪を引いたら医者に風邪だというお墨付きを戴き、あとは不快感に対する対症医薬ぐらいにして、卵酒でも飲んで安静に1週間を過ごす。これがどうも本書のリコメンドらしい。卵酒には本書は触れていないが、エネルギーを補給すると共に体を発熱させる、昔の人はよく考えたものだ、ただ卵は現代では不要かも知れない。
- アメリカ・インディアンは白人移住により人口を激減させた。インディアン狩りよりはむしろ感染病蔓延のためと白人側は弁解する。オーストラリア南東のタスマニア島の先住民が絶滅した理由についても同種の話がある。病原菌との共生で免疫力のあった白人と違って、先住民は初めての病気に抗する術もなく全員が死んでいったと言う。寄生虫カイチュウ、ギョウチュウ、サナダムシとは我々は長い間共生してきた。我々は寄生虫から抗アレルギー体質を貰っていた。ところが現代の子供たちは寄生虫とは縁のない環境に育つ。今の子供は、開拓時代のアメリカ・インディアンやタスマニア島先住民と同じ立場にいる。アレルギーやアトピー症を発症させるのである。花粉症はアレルギーの代表で、その関連性はずいぶん昔から言われている。
- チンパンジーも逃れられないと言うから、少なくとも分化した500万年前にすでに花粉症があったこととなる。チンパンジーは下痢するといつもは食わない植物を口にする。医療の始まりとはそんなところからだと著者は言う。3/11のNHK「ためしてガッテン」でメタボにスイッチオンする仕組みを解説していた。1万年前までは日常飢餓状態であったヒトには、低カロリーダイエットをしていても、「糖質が極端に少ない食事」や「糖質以外が少ない食事」を長期間続けると、脳が身に危険が迫っていると判断して「危機に備えろスイッチ」が入るため、脂肪を細胞に蓄えようとするので、痩せつつも「隠れ肥満」に陥るという。類似の記載が本書に見られる。進化の過程から医療を見直そう。それが「ダーウィン医学」だそうだ。
- ヒトゲノムにはウィルス起源の遺伝子が大量に含まれていることは知っていた。その中にエイズ・ウィルスそっくりの活動をするレトロトランスポゾンがある。まだ遺伝子としての働きはよく分かっていない。ウィルスとヒトとの妥協の結果だという。ゲノムの中に取り込んで共生出来るようにしてやった代わりに、ヒトに悪さをしないように慰撫されたと言うべき存在らしい。こうなるとゲノムは少年院のようなもので、人体という社会に置いておくと何をするか解らないから入院させたのである。なんとヒトゲノムの88%がレトロトランスポゾンだという。他にもウィルスにはいろんな種類があるから、その収容場所もあるのだろう。ヒトの生命活動に積極的に関与すると解っている遺伝子は、ヒトノゲムの2%程と聞いたことがある。
- 抗生物質が効かない、MRSAによる院内感染が次々に報告される、タミフルが効かない、インフルエンザ大流行になったらどうする、など微生物の耐性獲得と影響が新聞を賑わす。細菌やウィルス、ことに後者は忍者のようだ。ヒトの細胞に比べたら猛烈な速度で増殖を繰り返し、その間に生存に必要な環境適性を獲得してゆく。変身するのである。だから原因療法のための新薬開発は、いずれヒト側が敗北する運命にある。ヒトの中で唯一彼らに互して変身できる組織は、免疫システムである。私は長い間、免疫システムは生命38億年の歴史の中で経験した抗原抗体反応の記憶のあるものだけに有効なのだろうと思っていたが、そこまでつまり各論に対しては遺伝子に記録はないようだ。本書によると過去の記憶、といっても生を受けてから今日までの記憶、は免疫システムの迅速立ち上げに効果があるが、それ以外に、幹細胞からリンパ球に仕上がる過程で、DNAを切ったり貼ったりあるいは模様替えをやったりして、侵入病原体がたとえ全くの新顔「進化」体でも、それにひけを取らない「進化」で対抗するそうだ。すなわち対抗手段が遺伝するらしい。何とも心強い。ただ急には立ち上がらないので、経験のない病原体の急激な蔓延は、たとえば民族絶滅のような悲劇を生む可能性がある。
- 赤道近くの北オーストラリアに住む白人の皮膚ガン発症率は日本人のそれより20-30倍高い。よく知られた事実である。先住民を殲滅した祟りであると、1-2世紀前なら言われても仕方がないが、事実はダーウィン医学的である。人類がアフリカを出立してヨーロッパに渡った。ビタミンDを皮膚下部組織で作るには太陽光が必要だ。アフリカより弱い光を最大限利用するためにメラミンで皮膚を覆うことを止めた。それが白人だ。赤道近くでは紫外線が強い。メラミンで防護していない皮膚ではガン化の危険性が深刻だ。ヒトは酒好きだ。アルコールの匂いに惹かれる。ハエを見よ、ハチを見よと著者は言う。糖のあるところに醗酵がある。揮発性のアルコールは昆虫たちにとって食料存在位置のいい目印なのだ。でもハエとヒトでは大分種として離れている。カエルやトリもそうなら、このダーウィン医学を受け入れてよいと思った。蛇足ながら、アルコールはカロリーになるが脂肪化がないのでメタボと無縁だ。石原裕次郎がビールを飯代わりにしていたと聞く。体型維持にはいい策なのかも。
- 遺伝子はヒトの形成にどこまで関わるか。NHK連続ドラマ「だんだん」は双子の姉妹の成長を追う。NHK教育のサイエンスZEROであったか、一卵性双生児が顔かたちまで年と共に相違してゆく事実と、遺伝子が形質を環境に合わせて発現させる様を解説していた。本書にクローンネコの皮膚模様が元のネコと異なるイラストがある。しっかり遺伝子次第の形質もある。遺伝性病気の中で、筋ジストロフィーは、劣性遺伝ながら性染色体Xにある遺伝子異常に起因するために、XYの男性に発症する伴性遺伝だ。XXの女性には希である。普通は父側と母側から1本ずつの相同染色体として存在するが、染色体を3本持つ場合がある。遺伝子に異常が無くてもダウン症候群のような遺伝病を発症する理由になっている。昔から知られている血液病に、鎌形赤血球症がある。対応相同染色体の片方だけにこの欠陥があるときは、軽度の貧血程度のものらしい。しかもマラリア発症を防げるというメリットがある。アフリカに根強くこの遺伝子が淘汰されずに残っている理由だ。アメリカに売られた奴隷はこのメリットを活用できず、重労働でくたばって、鎌形血液症を残さなかったそうだ。
- こんにゃくゼリーを1歳の幼児に与えたら喉を詰まらせて死亡した。家族は怒って製造元を訴えた。そんなニュースが今月初めに流れた。ヒトは言語を獲得したことにより、生物界の頂点に達した。ヒトは乳児時代にはまだチンパンジーと変わらぬ短い咽頭腔で、食いながら呼吸が出来る。幼児になると話せるように咽頭腔が長くなり、食うか息をするかどちらか一方しか選べない。事故はこの遷移時代に起こるのであろう。片方の利便性を犠牲にしてもよりメリットのある方向へ進化する。二律背反でそれをトレードオフの関係と称してある。ヒトは二足歩行のメリットを享受する一方で、ヘルニアだの出産困難だのいろいろの犠牲を我慢して進化した。確かに生まれたらすぐに走り出すウマやシカの映像を見ると、全く無防備状態で生まれるしかも難産率が高いヒトとは好対照である。ダーウィン医学の真骨頂はこんな解説にあるように思われる。
('09/03/14)