地震と防災

武村雅之:「地震と防災−"揺れ"の解明から耐震設計まで−」、中公新書、'08を読む。幸いにもこの年齢になるまで大地震には遭遇しなかった。だがその心配は常に身に付きまとっている。コンクリートのマンションに引っ越したとき、幾分荷が軽くなったように思ったが、新しい耐震基準ではどうやらここも安心できないらしい。TVからは、地盤の軟弱さが倒壊の危険をかなり左右するような情報が流れている。ここは隅田川や荒川の沖積、洪積層ではないが、海岸の人工埋め立て地である。耐震上はあまりいい場所ではないようだ。亡父は関東大震災にあい、命からがら京都に引き揚げた。鉄路復旧第1陣だったとかで、地元新聞に紹介されたと言っていた。近年進歩の著しい地震防災工学をレビューしたくなった。
関東大震災最大震度は相模湾の沿岸と南総に分布している。神奈川地震なのだ。東京地震と誤解されている理由は、火災による人命損失が東京で多かったためである。地盤の善し悪しは家屋とくに木造家屋の倒壊率に大きく影響している。山の手や隅田川の西は安定だが、東は脆弱らしい。大震災の時はしかし東からの飛び火で西も焼かれてしまった。見学に出掛けたことがある本所の東京都慰霊堂は元陸軍被服廠跡で、そこに逃げ込んだ被災者が四方八方からの猛火で焼け死んだ。4.4万を数えたという。この地震は海溝型で、フィリッピン海プレートが陸側プレートにくぐり込む相模トラフにおいて、プレートが移動による歪みを回復すべく揺り戻った結果である。
海溝型地震は周期が1桁短く、アスペリティ・モデルというパターンに従って発生する。プレートとプレートの固着状態が一様でなく、プレートの移動により普段からじりじりずれてゆく部分と、しっかり固着していて地震の時にだけ急激に滑る領域がある。後者がアスペリティで、プレートの歪みが徐々にこの領域に集中し、震源となる。震源にも広さがある。最後に地震エネルギーを解放する位置が最も怖い存在だ。解放エネルギーが集中するからだ。短周期地震波となって建物を壊す大本になる。その領域はほぼ位置が固定されている。プレートの歪み度合いを検定し、地層に関する詳細データを集積したら、強震動シミュレーションが可能になる。
海溝型に対し内陸型は、1000年に1度といった周期の、それも"5"万とある活断層により発生する予測困難な対象だ。ある活断層に特定しても、その何百キロと繋がる長さのどの位置に災害根元になる大揺れ原因震源が来るかは、日常の観測でもつかめないと言う。家屋喪失数では、関東大震災に次ぐ阪神・淡路島大震災は内陸活断層型で、断層が東西にずれたために起こった。東西にずれると南北に揺れが来る。理論的にも証明されているのだそうだ。M7.3と関東大震災のM7.9より大分低かった(エネルギー的には1/8)が、都市直下型であったために被害は大きかった。被害範囲は遙かに狭かった。四川大地震は一説に断層が250kmにも及んだと言われる。内陸型M7.9の規模であった。内陸型は内陸地核内地震である。マントル上部の地核は30kmほどの深さだそうだが、その層は真ん中あたりで2層に分かれている。震源断層はその上部にだけ存在する。地表地震断層はM6.8から確実に現れる。何度も地震で傷つけられた活断層を精査すれば予知に繋がる。そのよき実例が阪神・淡路島大震災だ。この本は東大地震研の業績紹介には熱心だが、六甲山系の活断層調査から大地震を予告した故・藤田和夫大阪市大名誉教授(本HPの「正月要諦」に紹介、読売新聞に追悼文が載った。)の業績には一切触れてない。ちょっと片手落ちの感がある。
振動の伝搬速度は地層の固さ(密度)によって大いに異なる。S波が花崗岩層あるいは中古生代層を伝わる速度は3km/sにも達するが、最上層の沖積層になると100m/sほどだ。大型建造物の基礎は400m/sほどの位置、原子力発電所は700m/sの位置あたりに取るのだそうだ。柔らかい地層では大きく揺れる。ただ埋め立て地は固まっていない土が相互摩擦で地震エネルギーを吸収するために、揺れを減衰する方向に働く場合がある。神戸のポートアイランドがその好例だそうだ。かってメキシコ市に大地震があった。メキシコ市は湖の埋め立て地に立地している。閉じた軟弱地盤内を地震動が往復したために大災害になったと言う見解が新聞に出ていたのを記憶する。堅い湖岸に地震震動が反射を繰り返し、大地鳴りやまずの状態になった、所によっては共鳴で大振幅となったのであろう。同様の説明が阪神・淡路島大震災に対しても試みられている。ただしこちらは片側解放である。このHPに「長周期地震動」という記事がある。NHK SPの話をもとに書いてある。入倉孝次郎京大防災研究所教授がその危険性を最初に指摘したとある。この入倉先生も本書には引用されていない。
地震計は変位、加速度を測る。今は世界一という観測ネットワークの中で精密な地震計が揺れを観測しているが、それが出来るようになったのはつい最近のことである。過去の地震のマグニチュード決定法のうち、最も正確なのは直方体型石柱の倒壊調査であったという。直方体型石柱とは主に墓石である。倒れた墓石の(横幅/高さ)は(横方向の加速度/重力加速度)が揺れ周期や方向と共に関係している。災害は横振動(S波)がもたらす。粗密波である縦振動(P波)は倍程早いからP波がきた時点で警報を出せば、震源地より離れた場所では防災対策を講じられる。気象庁発の情報をNHKをはじめとする公共報道機関で流す。既に実用化されている。エレベータにもP波が来たら一番近いフロアでストップしドアを開けると表示してある。まだ秒単位の予知に過ぎないが、災害を抑えるのに役立つと期待できる。
建築基準法は何度も改正され現在に至っている。昭和56年改正が基本的には最新版だ。新築家屋には改正のたびに目に見える効果をあげた。構造被害上の全壊が減ったのである。全壊家屋では10軒に1人の死者を出す。ただマスコミを通じて出てくる全壊は生活被害に関する自治体発表の数字で、構造上の全壊とは3倍からの差があり、世間の認識を混乱させる。新潟県中越沖地震の際の、柏崎原子力発電所の停止は、未知の直下活断層があったことと設計加速度の倍半ほどを記録したことにより、マスコミが騒ぐ材料になった。しかし耐震設計的にはその倍半の加速度すら計算強度内で、私の記憶では、国際原子力機構は致命的な損傷は何もなかったと発表した。新潟県は未だ運転再開の許可を出さないが、炭酸ガスを出さないエネルギー源の活用が叫ばれている中で、奇妙に感じる。
建築工学は実学である。地震の実態が殆ど不明なままに地震力を評価せねばならなかった関東大震災直後において、地振動による破壊を承知の上で、静的震度法を採用したのは致し方のないやり方であった。水平加速度と安全倍率から剛構造物として建物を設計する。地震や地盤の詳細や関連の解明が進み、建築学も進歩した。でも一旦基準とした静的震度法はそれまでとの整合性があるから容易には抜け出られない。長い間日本の建物は31mを超すことはなかった。法で制限されていたのだ。しかし、超高層ビル建築が可能になり、それに対する社会の要請も増した。昭和43年には霞ヶ関ビルが完成する。NHK SP沸騰都市・東京では今や東京の超高層ビル数は、計画も含めると200を越えていると言ったような記憶がある。45m以上の高層建築物が大臣の個別審査項目となった。建築基準法には従来の静的基準に、地震時の建物の動的挙動を配慮した二次設計を導入した。塑性域の靱性によって関東大震災クラスでも崩壊に至らない柔構造の建物を目指す。どこかで見た(読んだ)覚えがあるが、標準的な地震波で設計し、それに建設地の過去の記録波を試してみる。今では複雑なコンピュータ・シミュレーションが容易に実施できるようになった。建物自身で地震エネルギーを吸収する方法も開発されつつある。TVコマーシャルにまで耐震構造、免震構造がうたわれ出している。実物家屋の耐震実験も宣伝に使われるようになった。
筆者は締めくくりの章で、被災のために避難所に行かざるをえない老人に関し、その子供たちは田舎に残した父母の家の耐震補強、せめて家具類の固定による転倒暴走防止ぐらいは出来たはずと言う。地震被害には天災ばかりではない、人災の面もあるということだ。

('09/02/25)