科学の常識

朝日新聞科学グループ編:「今さら聞けない科学の常識〜うろおぼえを解消する102項目〜」、講談社BLUE BACKS、'08を読む。今年、発生生物学の本を2冊読んだ。1冊は一般教養書として、2冊目は専門入門書として。内容はたいして差がなかった。しかし「学」として読んだ後者はまことに読みづらかった。専門用語が持ち合わせの概念と結びつかず、その解説もまた理解困難な言葉で埋まっていると言う印象であった。本書の常識として取り上げる概念語にも、そんな恐れが含まれていようと思ったのである。
ヒトの血液型Bは、進化系統図上では、460万年前にチンパンジーと分かれた以降の獲得形質らしい。Rh型は知っていたが、血液型には250種もあるとは驚いた。輸血とか臓器移植の時以外は表沙汰にならないから、血液型は適者生存の証拠にはならず、中立進化論に好ましい事実になった。ハンターの五感が、ヒト並み優れていることはよく知られている。タカの並はずれた視力は周知の事実だ。彼らの目は解剖学的に分解能が高い。アフリカ・マサイ族の視力は10.0以上もザラだとある。ところが都市に移住したマサイは普通のアフリカ人だそうだ。原野では心眼を開いて獲物を追っているのだ。見えない先を見ると言う意味でマサイ族の話は心に残った。現役の頃分子構造の決定にNMRを用いる機会が多かった。脳の断層写真でおなじみのMRIは同じ原理の医学への応用だ。水素の核磁気共鳴を利用している。我々はむしろ炭素同位元素の核磁気共鳴を利用することが多かった。医学ではもっぱら水素である理由は何だろう。
私は「男子厨房に入らず」で育った年層である。事実母親は息子が台所に出てくることを嫌った。この言葉の裏には「並んだ料理は一切文句を言わずに平らげねばならぬ」という意味が隠されている。文句も言えず知らぬふりをせねばならぬ対象だけに、けっこう関心があり、こっそりとでも理解力を向上させたいとは願っている。杉田浩一:「料理のコツを科学する〜おいしさの謎解き〜」、青春出版社、'02は面白かった。本HPにその題名で感想を述べている。本書のあく(灰汁)の記事にあく代官が出ている。鍋料理で出てくるあくをお玉で掬い出す役を専門にやるヒトを指す。近頃は鍋を友達大勢と囲む機会など少なくなったが、確かにあの頃は鍋奉行がおり、たまにはあく(悪)代官を買って出る人がいた。なお代官は奉行の下役と言う建前になっているが、本当はどうだったか思い出せない。お魚の白身と赤身、数の子の話もよかった。もち米の秘密はうるち米遺伝子の突然変異で、アミロースを作れない劣性遺伝体だという。劣性だから周囲に優性のうるち米のイネがあると、もち米のイネのうち、うるち米のイネの花粉を貰った分はうるち米を作ってしまう。もち米だけが目的だとその地方一帯をもち米のイネにせねばならないが、弁当とかおにぎり用は半うるち米がいいそうで、むしろ交雑できるようにするかブレンドで対応するかのようらしい。
電池が出ている。私は電気工学科の学生に電池の講義を受け持ったことがある。しっかり準備をして解りやすく話したつもりだったが、試験の結果はあまり芳しくなかった。余所から来た教授の講義だとそんなものだと慰められたが、学生の受講態度が悪くて、最後の方ではもう当方まで投げやりであった。あれから10数年経った。ますます電池は重要資材になった。本書に当時はあまり知られていなかった電池利用上の注意点が、電池種類に応じて具体的に述べられている。専門屋としては私は局所電池に関心が強かった。本書では触れられていない。化学的腐食の主要原因の一つである。名優緒形拳が死に追悼番組が放送された。その中に、NHKドラマ「破獄」があった。これは実際にあった話で、吉村昭が小説化しこのドラマの原作になっている。釧路の監獄博物館で展示を見たことがある。手錠の脱獄囚が毎日のみそ汁を丹念に手錠と監視窓の鉄柵に吹き付け、局所電池による腐食を誘ってついに監獄から抜け出る。小説には半年から9ヶ月を準備に要したとある。理屈で解っても半信半疑であった。
蛍光灯は極上の省エネ照明装置で、これ以上の一般的な高効率の光変換装置はない。日本はいち早く白熱灯から蛍光灯に変わった。万事蛍光灯と同じ。輸入に原料を依存する日本はあらゆる産業で高効率化による省エネを実行し、その分早くから脱炭酸ガスに成果を上げてきた。だが欧米では未だに白熱灯が主流で、その他の産業でもいっこうに事態は変わらない。風力発電とか太陽光発電とかは確かにマスコミにとって具体的で絵になるが、炭酸ガス削減量に換算するとたいした値にはならない。マスコミは京都議定書のマクロの目標値ばかりを騒ぎ立てるのではなく、日本の軌跡を各国が地道に勉強し個別に実行することを主張すべきである。なんだか今の金融世界恐慌に際し、日本がバブル崩壊期の日本の対処法に学べと言っているのと同じようだが。
日本原研の高崎研究所で、標準資料の作成のために放射線照射をやってもらった。照射設備は防護壁で取り囲まれている。厚い鉛ガラスの覗き穴がある。サンプル状態を眺めて相棒に代われと言ったら一瞬いやな顔をした。放射能アレルギーが蔓延していた時代だから仕方なかった。無知蒙昧は一番困るがアレルギー症はその次ぎに困る問題だ。中庸をと言うと強力な言論統制に走る。漱石は「草枕」で言った。Pole along in the stream of emotions, and you will be swept away by the current. Give free rein to your desires, and you become uncomfortably confined. It is not a very agreeable place to live, this world of ours.馬力とかワットを間違う人はいない。でもサラブレッドが全力疾走すると3.2馬力で、人間バンバではヒトが1馬力を出すとは知らなかった。クルーズ船は1総トンあたり1馬力と聞いていた。これで20ノットほど出せる。にっぽん丸のカタログを見る。なるほど22千トンで21千馬力になっている。車や飛行機に比べるとはるかに低く経済的なはずだ。その他の日本船にはデータがなかった。
保冷材は高吸水性ポリマーを使うという。氷が溶け出してもポリマーが流動性を遮ってくれる。なるほどと思う。このポリマーは20年以上昔に工業製品化されたが、使い道は特殊で使用量は微々たるものであった。ジャンルが違うと化学の研究者だって知らないヒトの方が多かった。松ヤニ(ロジン)を合成ゴムの製造に使う。きれいな乳状ゴムが得られたときは嬉しかった。本書には「松ヤニが石けんのように働き、材料の分子を水中に均一に分散する。」とある。半分合っているが半分間違っている。松ヤニを石けんにしてから使うのである。現役引退後に出てきた常識もある。JISマークが代わった。製品の安全性や品質が問題になることが多い中国などとの取引を念頭に、「信頼のパスポート」としての役割が期待されているとある。頻発する中国製食品の農薬劇薬混入事件には、JISではなくJAS(日本農林規格)が対応する。2次元コードはトヨタ〜デンソー発のJISだそうだ。1次元の200倍以上の情報量を仕込めるらしい。ゴルフクラブのスイートスポットが話題に上がっている。チタン製空洞ヘッドのドライバーが売れた時代があった。なぜだと聞かれて反発係数と慣性能率の問題と答えた人は、物理とか力学を真面目にやったヒトだ。今を時めくヒトですぐに答えられなかったのがけっこういて可笑しかったことがある。
以下は「科学の常識U」に記述する。

('08/10/21)