発生生物「学」
- 村井耕二編著:「発生生物学」、化学同人、'08を読む。今年の春に、木下圭、浅島誠:「新しい発生生物学〜生命の神秘が集約された「発生」の驚異〜」、講談社BLUE BACKS、'03を読んだ。その書評に書いたように、'03年の著作だから、賞味期限ぎりぎりである点が引っかかっていた。この本は一般相手の啓蒙書であるが、今回の「発生生物学」は生物系大学生の1,2年を対象とした専門入門書だ。だから表題では学を括弧で包んだ。「学」と「啓蒙書」の差は読み始めるとすぐに思い当たる。専門用語だ。「学」は学生の将来の準備のために専門用語を遠慮会釈なしに挿入する。注釈も学術的に一般化されている。「啓蒙書」ではその文章が判ればいいので、平易にその局面に合わせた説明を本文に入れている。私は非生物系の工学を飯のネタとして、年金を貰う今日まで来た。時代は今生物にフットライトを当てている。発生生物学は産科医にとっては最重要の基礎学だろうが、一般にとっても関心を持たざるをえない対象だ。いつまで続けられるか判らないが、読める内に生物を勉強しようと思い立っている。
- 本書には動物と植物が平等にかつ対比的に記述されている。一方だけの知識から他方を推し量る場合はよくあるが、そんな場合に有用な知見を提供している。ページ数は植物発生学の方が少ない。で、まずこちらから纏めてみた。植物細胞の全能性は、接ぎ木挿し木で、細胞など知らない時代から利用されてきた。もう枯れかかってきたが、ベランダの下にヒガンバナが赤く咲いている。あれは染色体が3倍体で、奇数だから種が作れない。だから球根で増殖するとはついこの間、田中修:「ふしぎの植物学」、中公新書、'03で知った知識である。花を咲かせる被子植物でも自家受粉可能な植物があるが、彼らでもときには他家受粉でクローン化を防ぐという。竹や笹は地下茎を伸ばして増殖するが、何年かに一度花を開いて一斉に枯れるという。これもクローン化防止策なのか。とにかく動物のように移動が出来ない植物の増殖戦略は多種多様で瞠目させられるが、細胞内の基本は動物とそうも変わらない点も驚きである。
- でも私は植物発生学には動物発生学以上に馴染みが薄い。読み始めるとシロイヌナズナやトウモロコシが頻繁に顔を出す。'98年のかずさDNA研究所見学の時に前者のDNA全分析に関して蘊蓄を聞かされた記憶がある。もうとっくにその研究は完成しているようだ。後者は炭酸ガスを効率よく同化できるC4植物として最近知ったばかりである。今「ながいき村 落花生オーナーズクラブ」に入って農業体験をやっている。どれも断片的で、無いよりはましという程度の心細い手がかりである。被子植物では7細胞性胚のうの柱頭に二極性または三極性花粉粒が取り付くのが受粉で、花粉は花粉管をするすると伸ばし、7細胞の1つ、助細胞に精細胞2個を核状態で送り込む。花粉粒は1個の栄養細胞に2精細胞または1精原細胞が取り込まれた構造だ。精原細胞は胚のう前で2個の精細胞に分裂するから、どのルートでも精細胞核が2個送り込まれる点は同じだ。この1個は卵細胞に達し、残余の1個は中央細胞に存在する2極核と合体する。重複受精という。前者は動物の受精卵と同じだが、後者は3nの胚乳で、のちのち発芽の際に胚に養分を送る役目をになう。
- 芽が出て生育し成熟する段階の話は、身近に見える話だからか、理解容易である。コラムにジベレリン感受性と「緑の革命」という話が載っている。ジベレリンは植物成長ホルモンだ。上述の「ながいき村」で背の高いトウモロコシの畑と背の低いトウモロコシの畑があってオヤと思ったことがある。本書には、日本の米・農林10号の遺伝子研究から穀物各種の半矮性品種が生み出され、肥料を食わぬ風に強い特質から、緑の革命を呼び込んだことが記されている。私は屋久島の植物園で、ヤクシマススキ、ヤクシマコナスビ、ヤクシマアセビなどの矮小化した植物を見た。この夏にも屋久島は何度も台風に襲われている。台風銀座にあって矮小化は有利な子孫繁栄戦略だと思う。これらも同じような矮性突然変異体なのか興味がわいた。花器官形成の項に、マスター調節遺伝子が5クラスあって、クラスC遺伝子に異変があるといわゆる八重咲きになるとある。花だけ見ていると、八重咲きの木や草は分類上別個に考えるべきかと思うこともあるが、そうではないのだ。シロイヌナズナを含めナズナの一族は無限花序だが、頂花が出て花序が完成する有限花序との、相違を作る遺伝子が同定されているという。花芽運命決定遺伝子の抑制に関する問題だそうだ。
- 動物発生学関連の記事はちょっと長くなったので、「発生生物「学」U」に別記する。
('08/10/06)