ボランティア(続)

Ras Algethiさん、さんちゃんさん「エッセィ」にコメントをありがとうございました。
大震災後はや一月以上経過した。新聞テレビは被災者の今後の生活に眼を向けている。話題の中で痛ましい想いがするのは老人の行く末である。一旦子どもに引き取られてもまた避難所生活に逆戻りする老人が結構いるという。誰が引き取るかで兄弟姉妹の深刻な争いが起こるときがあるとも云う。被災したある大新聞の編集委員の経験談が記事になっていた。引き取った親ともう次の日から意見の対立が避けられなかったとあった。スープの冷めぬ距離で暮らしていた、その人の理想の親子関係が同居によってバランスを崩した結果であるらしい。離婚後転げ込んだ兄の家でそこの娘を殺した弟の話が新聞に載った。同居とはなぜ地獄を呼ぶ行為に変わるのか。同居人が被同居人の期待する居候意識を持てないからか。
私らはホームスティに留学生を迎えたことがある。ちっぽけな家に無理をして鍵の掛かる一部屋を空けて迎えた。最初の子は中近東の珍しくも女学生でしかも秀才だった。ちょっと東京までは遠いので時間がもったいないと言う理由で、当方は気に入っていたが、長くは居らなかった。次のステイ先に移って行ったが、最後は留学生同志で自炊したそうである。注意していたつもりでも日本の住居事情ではプライバシーの完全保護は出来ぬ相談で、表面には出なかったが、居りづらかったのではないか。次の子はアメリカからでショートステイながら日本生活を楽しんだようだった。この程度の期間の若者相手ならホームステイも有り得る。あとの交流も順調であった。
その前は、親の代だったが、敗戦後に朝鮮からの引き揚げ家族のロングホームスティを引き受けたことがあった。遠い親類筋の人たちだった。近い親類は多かったが引き取り手はなかったのである。戦前の道徳が生きていた時代であったが、その頃のわが家は純粋の日本家屋で互いの生活はまる見えだった。やがて些細なことで家族同士が角を突き合わせるようになった。折角の父母の善意も年賀状のやり取りさえない結果に終わった。
学生寮を見ると学校側が考える社会生活とプライバシーのバランス点がよく出ている。低学年では同居部屋だが仕切をつけて半個室状況にしている。それでも近頃は寮には人気がなく、豊かで無くとも無理をしてアパートに一人住まいする学生が多い。
残念ながら私は被災者受け入れにはよう手を上げなんだ。プライバシー意識はどんどん強くなったが、住居事情は一向に良くならぬ。家族人数は減ったが今が一番小さい家に住んでいる。この旧式の公団型のアパートでは部屋に鍵すらない。9?万人の被災者生活を長引かせている理由の一つは意識に合わぬ住宅事情である。

('95/03/04)