コレステロール

浜六郎:「コレステロールに薬はいらない!」、角川oneテーマ21、'06を読む。著者は30年来コレステロールに関わり合ってきたと自称するお医者さんである。
私が高脂血症と診断されてから既に10数年経った。市の今年の定期診断では総コレステロールの基準値が130~219mg/dlとなっている。220以上が高脂血症だとされている。で、リポダウンを飲み続けている。リポは「脂」のことだから、まさにコレステロール値を下げるという解りやすい名の薬だ。以前はリポバスを服用していた。このジェネリック医薬品に切り替わって、薬代が幾分減った。本書の巻末付録には、この薬は「X使わないように」に分類され、「心筋梗塞の危険が著しく高い人、コレステロールが280以上の人以外は危険のため使うべきではない。」というコメントが付されている。これじゃ私は反健康行動を長年続けてきたこととなる。そもそもコレステロール値を下げる必要があるのか。岡本雄三:「介護保険の教室」、PHP新書、'00に「コレステロールは、65歳以上の高齢者については死亡率に関係しないことが、国際的に有名な大規模調査で実証されている。」とあり、かかりつけの医師と議論したことがある。最近も新聞等に基準値はもっと高くてよいはずだという議論を散見する。
コレステロール値と総死亡率、病気別死亡率の関係について疫学的データがまず提示されている。日、米、英、スイス、オランダ、イタリア、韓国の合計16種類もの研究がある。私のように薬でコレステロール値を約50程下げた人だけの統計が目を引く。理想の値が200~259だという。残りのデータも大同小異で、220~240あたりが最適値と考えてよいようだ。病院で見かけるポスターでは、220以上だと血管がつまり心筋梗塞とか脳卒中とかの可能性が高まると脅している。だが統計は220以下にしない方がよいと教える。ガンとか感染症などの免疫が強く関わり合う病気については、統計は明確に低コレステロールの危険性を訴えている。ガンによる死亡は、160以下にコントロールしている人ではなんと200~239の2.7倍になる。エイズに対しても高コレステロールの方が優位だ。日本で220が基準値としてまかり通っているのは、日本動脈硬化学会と製薬会社の支持があるからだ。彼らが科学的根拠としているデータ2種について数理統計学上の処理の拙さが指摘されている。数理統計学は母数の大きさ、サンプリングに対する無作為性と因子の分類、分離が命で、特に差が小さいときは、それらを慎重にやっても、結果に必ず異論が出るものだ。そこらを配慮すると、どうも著者の引用するデータと結論の方に軍配が上がりそうだ。
ジェネリックが発売されてからは知らないが、かってコレステロール低下剤は日本の製薬会社のドル箱的存在であった。'99年の年間売上高は3300億円に上る。薬効判断に関する医師側と製薬会社の癒着の匂いは常々噂として流れてくる話だ。私は現役時代にいつも驚かされたのは、医学関係学会の豊かさであった。コレステロール値を下げる特効薬が開発される以前は、医家は240~250以上を治療の目安としていた。220に基準値を置くと患者数は倍増する。なにしろ40歳以上の約半数が患者になってしまう、しかも保険が効くようになったから、医者も薬屋も大繁盛間違いなしになる。著者は220に決めたとき、それに科学的根拠がなかったことを繰り返し強調している。アメリカとイギリスは240以上を高脂血症とする。オーストラリアでは270だ。欧米での冠動脈疾患死亡率は日本の数倍もある。製薬会社のポスターの通り、コレステロール値を下げたい理由の第一がこれだから、日本の基準値は、冠動脈疾患患者以外にはもっともっと高くてよいはずだ。著者は真に必要な低下剤は数10~100億円程度という。低下剤にぶら下がっている人たちにとって、基準値変更を認めることは大事件であることは事実だ。
コレステロールは外部から摂取される割合は少なく殆どを体内の生合成で得ている。その合成サイクルが示されている。リポバス等のスタチン剤は合成サイクルの根元の反応過程を阻害する。アセチルCoA→メバロン酸→ファネシル2リン酸→スクワレン→ラノステロール→(デスモステロール)→コレステロールだから、コレステロールの低下はメバロン酸以下全部の低下になる。ファネシル2リン酸はそれ自身を出発原料にしてコエンザイムQとドリコールを作る。前者はエネルギー発生の補酵素、後者は糖タンパク質の原料だ。人のタンパクは殆どが糖タンパクの形で収まっている。コレステロールは糖タンパク質とともに生体膜を維持更新新生して行くための生命に不可欠の物質である。生体膜は細胞膜を始め核、ミトコンドリア、ゴルジ体、小胞体などの細胞器官を包む膜の総称で、生命の最小単位である細胞の元気に深く関わり合っている。免疫細胞ももちろん細胞だから、スタチン剤投与が過ぎると首を絞められた状態になる。コレステロールは胆汁酸や男性ホルモンを初めとする各種ホルモンの出発材料でもある。
いやな話が出ている。私は帯状疱疹を煩ったことがある。医師からは免疫が切れたからと言われた。還暦を過ぎた頃だったから、ガタが来るのも仕方がないと年のせいにしていた。だが本書にはスタチン剤投与により免疫が低下し、「帯状疱疹」を発症することがあると書かれている。私の発症はスタチン剤服用を初めてしばらくしてからであった。スタチン剤は移植手術後の拒絶反応を抑えるための免疫抑制剤として用いられているそうだ。遺伝子複製が巧く行かずに潜在的なガン細胞を作る分裂は健康人体内でも常に起こっている。アメリカ人男性では70歳にもなると80%までが前立腺ガンと共生しているそうだ。ガン原細胞が悪性化しないために、免疫細胞が異常細胞を検知し駆除に乗り出す。その能力がスタチン剤で衰えていると、ガン細胞の爆発的増殖をもたらす。疫学的調査の結果には生化学的な理由がある。神経繊維は細胞膜の一種である。神経障害や神経機能の障害にも触れられている。
さて本書の「高脂血症患者」へのリコメンドを聞こう。年齢は問わない。高度の肥満(BMI≧30)ではない、タバコを吸っていない、適度に運動している、食事に偏りはない、ストレスがあっても解消できている、高血圧も糖尿もない、狭心症や心筋梗塞もやったことがないというまあ普通の人だとコレステロール値が260~300でも全く心配は要らない。低下剤の服用などもってのほかだ。350ぐらいあってもそう心配したことはない。ただし用心するのに越したことはない。NHKためしてガッテン('07/04/04)では高脂血症に総コレステロール値を取らず、中性脂肪値150以上、HLDコレステロール値40未満のいずれかまたは両方を取っている。これは動脈硬化学会が同じ時期に高脂血症を脂質異常症という名に改め、総コレステロール値を基準値から外した指針と一致する。本書はその前の年に出版された。本家本元の学会が指摘に同意したと言うことだろう。
近頃メタボリックシンドロームという言葉が健康管理を旗印に一人歩きしだした。統計的にはBMI=25程の男性は最も長生きな部類なのに、厚労省の資料では、合併症でメタボリックシンドロームに陥った、例外中の例外といえる、BMI=25の人を挙げて脅しているという。高血圧でも目標値が基準値化されている。コレステロール同様に基準値が下がると患者がドンと増える。著者は製薬会社寄りの基準値設定に疑いの目を向けている。

('08/08/22)