高校生の経済学U

以下は「高校生の経済学」の続編である。
この8月になって世界は景気後退期に入ったと認識された。第2次大戦後の世界経済は、何度も景気後退を経験している。それは平均11ヶ月で、景気拡大の平均43ヶ月よりずっと短い。新聞には識者が来秋までは続くと言っているが、経験的には、どちらかと言えば安全サイドだが、妥当な線である。景気後退は周期的と言えるが、回避できた例外が2回ある。'60年代のベトナム戦争時と'80年代中期だ。前者では厖大な戦費により、後者では国債大量発行により景気が刺激された結果である。経済状況が厳しければ、有権者は不満を抱く。現職の政治家は選挙で負けることが多い。「大恐慌」ほどの不況に直面すると、有権者は過激な変革を主張する者に投票を行う傾向があると述べている。麻生新自民党幹事長は「景気回復」施策を財政赤字減少策に優先させようという。選挙睨みで同調する議員も多い。これは小泉内閣以来一貫してきた財政健全化の方向を頓挫させ「円」の信頼性に重大な影響を与える。
ケインズのモデルは、短期の財政赤字に正当性を与えた。一時的な財政赤字を容認したことは、ケインズ経済学の恒久的な貢献の1つだとしている。ケインズの財政政策は、経済圏に圧倒的影響力を持つ国の政府が主導するとか、圏内の政府全体が一致して動けば有効だが、今ではほぼ全世界が1つの経済圏で、しかもかってのアメリカのような牽引力のある政府は見あたらない。だから、アメリカよりずっと予算規模の小さい日本政府だけが力んでも効果は知れている。日本では相次いだ「経済振興策」による、地方も入れると1000兆円を超える厖大な累積赤字がすでに国民の肩にのしかかっている。アルゼンチンが21世紀初頭に債務不履行に落ち入った。その時の公的債務は16兆円ほどで、GDPとトントン程度だったと思われる。GDP比だけで判断できるわけではないが、日本の累積赤字対GDP比は180%(8/13読売)だ。ちなみに米英独仏は60±10%に入っている。通貨の信頼性低下は経済不安定に繋がる。日本の財政出動はアメリカさんの要請があってからでよい。それもお茶を濁す程度でよい。今の物価高騰の引き金は確かに原油の値上がりであった。しかしこれを助長する政策は債権者の実質収入の目減りを引き起こす。年金、保険、福祉などに頼らざるをえない人々−高齢者や病弱者−が最も望まぬ方向である。本書には、インフレーションのその他の主要因に政府の財政赤字を挙げている。
民主主義の非能率性が財政政策の足を引っ張る現実にも触れている。時機を逸するのである。議会に提出されるどんな歳出法案も、議論され、徹底的に分析され、修正され、おそらく財政政策とは関係のない無数の修正案を可決した後でやっと可決される。と言うことで、今日用いられている最も効率的な財政政策は、自動安定装置だという。いちいち支出の承認が要らないからだ。失業保険と連邦受給資格プログラムと呼ばれる生活保護制度を指す。こんな批判が教科書の中でまかり通っている。
貧困ガイドラインの表が出ている。家族2人なら今年150万円ほどだ。東京都近辺での高齢者夫妻に対する生活保護費がだいたいこの程度だから、日本は立派である。脱線だけれども、私は幼少者への福祉は手厚く、成人以降にはそこそこにと思っている。成人以降の現状には自己責任の部分が多い。それに対し、これからの幼少者には生まれ育ちのハンディを可能な限り取り去ってやりたい。1000兆円もの負担を引き受けて貰わねばならぬ相手なのだ。あだおろそかに育てては罰が当たる。家族ごとの所得分布も示されている。日本もアメリカも富が年を追うごとに一部に集中する傾向が出ている。生徒は我が家の会計から自身がどの層に入っているか明確に知る。臭い物に蓋をして、雰囲気から何となく悟らせるより、ストレートに立場を理解させ、将来の指針に役立てる方法は気持ちがよい。貧困撲滅プログラムに我が国にない食料切符の話があった。貧困線を下回るグループには現金が支給される負の所得税が、実行されてはいないが注目されている。
敗戦までの教育では、日米開戦の経緯について、米国側の貿易障壁設置がそもそもの原因と説いていた。不況により保護貿易論者が台頭し、日本の低賃金労働産業の輸出が不公正競争に当たるとした。中国は日本の手痛い経験から多大の恩恵を被っている。あの当時と同じ思想が世界を覆っていたら、中国製品はたちまち排斥の憂き目にあっただろうから。現在の自由貿易主義は為替相場の自律的変動により市場の均衡的発展をもたらしている。EUほどには知られていない北米自由貿易協定(NAFTA)諸国間の貿易増加が紹介されている。ドルのたれ流しと騒がれた時代があったが、ドルの価値が下がると収支も改善された。我が国の固定為替相場時代の360円/ドルは、変動為替相場時代に入って110円/ドルほどに落ちた。でもFRBのドルの実効為替レートはこの30年間に10%程しか落ちていない。途上国から先進国入りした国の目と、先進国であり続けている国の目には差があることを意識差させられる。
資本主義は、共産主義の挑戦に刺激されて、修正自由企業経済を発展させてきた。カール・マルクスがかって指摘した短所は随所で修正され、逆に共産主義はその非効率性の重圧に耐えかねて、崩壊していった。効率的だが無慈悲で非寛容の経済が、自由、効率、平等、完全雇用、価格の安定性、経済成長を目標とするようになった。発展途上国には1章を割いている。修正自由主義の立場から、途上国の発展に資すべき先進国の役割を説く。最大支援国としてのアメリカの具体的方策、国際機関からの援助内容にまで触れてある。我が国マスコミは島国の欠陥を論じ、国民に国際的視野のある人材の育成を要望してきた。でもそれが具体的にはバイリンガル化の賞賛であったり、外国文化により多くの時間を割く勉強の勧めであったりで、世界と向かい合うための意志決定のフレームワークとしての経済学を学ぼうというものではなかった。宗教、哲学、歴史、文化など、社会の動向に影響力のある要素は多々ある中で、万国共通のインセンティブを若い間に優先的に理解する努力は重要だ。アメリカの高校生が発展途上国に対してもその土台から学ぼうとしているのは流石である。我が国では多大の経済援助を毎年計上するが、予算化以後には殆ど関心を払わない。こんな現状も、経済学に目を開くようになれば、おいおいと修正されて行くであろう。

('08/08/16)