海のなんでも小事典
- 道田豊、小田巻実、八島邦夫、加藤茂:「海の何でも小事典−潮の満ち引きから海底地形まで−」、講談社Blue Backs、'08を読む。著者は海上保安庁関係者である。
- もう放映されてから10年になるが、NHK SP「海 知られざる世界」シリーズは目から鱗の映像の連続であった。中でも深層海流に関する知見は斬新であった。北大西洋の氷海から下降した巨大海流が一部インド洋へ分流しながら南極海を経て太平洋に達している。太平洋で湧き上がった海流は、インドネシア諸島を経てインド洋で湧き上がった海流と合流し、元の位置に戻って行く。壮大な海流のコンベアベルトである。地球温暖化がもしもこのメカニズムを壊すようなことがあれば、その影響は計り知れないといった内容であった。
- 6/25、6/26のNHK BS世界のドキュメンタリー「石油 1億6千万年の旅」では、ベルトが止まると無酸素海化が起こり、プランクトンの海底堆積が進む、それにより空中炭素の固定化が、大気が元の低炭酸ガス濃度状態に復帰するまで続くと言う話になっていた。世界各地同時期の黒色頁岩層(多量の有機物を含む)の存在や、銀杏の葉化石の気孔数と現在の銀杏のそれとの比較(炭酸ガス濃度の比較)などによる、なかなか説得力のある話だった。7/2のNHK総合「地球エコ2008 スバルバル号 北極海を行く」では、ベーリング海峡から北大西洋の入り口フラム海峡に抜ける北極海の海流が、探検家ナンセンの時代より少なくとも倍の早さになり、氷厚が1mほどにも薄くなっていることを実証していた。グリーンランドの氷溶解速度は3割ほど上昇した。グリーンランドを覆う氷が全部溶けると地球海面は6m上昇するという。氷の下には溶けた真水に近い海流があり、北大西洋の海水を薄めることで、海水密度を下げて、深層海流発生を阻害しつつあることが証明されようとしていると報じた。最近のシロクマの生態に関するTV解説などを聞いても、北極海の氷原が顕著に縮小し、遠くない将来に消失するのではないかと危惧されていることが分かる。
- 本書にコンベアベルトの存在を証拠立てる話が紹介されている。深海における放射性炭素原子比は北大西洋から離れるに従って減少して行く。それから1循環に2000年という時間が必要だと分かる。漂流ブイによる観測では、インドネシア諸島付近の表層海流は季節により向きの転換があって、全体像の把握を困難にしている。深層海水温は北太平洋に於いてこの10数年の間に5/1000℃の上昇を見た。コンベアベルトの駆動力が氷塊にあることは事実であろうが、本書にはコンベアベルトに関する予測に役立つ事実については、それ以上は触れられていない。
- お粗末な話だが、私は黒潮は南西諸島付近では琉球海溝あたりを流れているものとばかり思っていた。琉球海溝は沖縄の東側だ。実際は西側の、南西諸島とシナ大陸棚の中間の琉球舟状海盆を通る。100kmほどの幅で深さ数百mほどという。流速は2m/sに達する場所がある。それがトカラ海峡を通って日本南岸を洗いながら犬吠埼あたりから東に方向を変える。一部は対馬暖流になる。私は動物の分布境界線(渡瀬線)がトカラ海峡にある意味が分かったような気がした。毒蛇のハブは奄美大島にいても種子島にはいない。流速が早くて渡れないのだ。太平洋広しといえども、こんなに狭くて急な流れは黒潮だけだという。フィリッピン北台湾東から始まって犬吠埼東方で終わる。なぜだ。
- 黒潮は、太平洋の赤道と中緯度付近の間を巡る大循環海流の西側を占める海流である。大循環流は時計回りだ。そのドライビング・フォースは赤道付近の東風である貿易風と、中緯度付近の西風である偏西風だ。これにコリオリの力が絡んで、現実の循環流が出来上がっている。風呂の栓を抜くと渦が出来る。海流と反対方向なのは海流の方向を決める支配力は風で、風呂での支配力はコリオリの力だからだ。風呂と同じ条件の台風の渦も反時計回りになる。今はネジバナ(モジズリ)が咲く季節だ。10日ほどの間に一斉に咲きすぐ消えてしまう。花のねじれ方向はコリオリの力が支配的なら台風と反対の時計方向のはずだ。軸から見て上45度に延びるから。でもこの予想は外れた。左ねじもあるが右ねじもある。頭髪と同じで渦巻きの方向は遺伝で決まっているようだった。
- コリオリの力は極に近いほど強い。偏西風も、考えている領域では、緯度が高くなるほど強くなる。両者相まって海水を南に押しつける。貯まった海水を一気に北に戻すのが黒潮だと説明してある。だから異常に流速が早い。他の大洋でも同じ現象があって、西岸境界流という。親潮にも見られるが、親潮自体は極弱い海流だという。黒潮は早いからコリオリの力も大きく現れる。水位差にして1mもある。それを利用して黒潮の蛇行状況を観測できる。大循環流内の小循環流も観測されている。表層流と深層流の中間位置にも別個に海流がある。
- 対馬暖流の一部は韓国東岸を舐めて北海道方向に向かう。冷たい日本海に暖かい黒潮が乗っかった帯状の流れのようだ。北海道の離れ小島に打ち上げられるゴミにハングル文字印刷物が多いはずだ。海流量としては日本沿岸通過分に対して少ないのだから、韓国人のモラルの問題が大きい。
- 地球規模の振動は自転が基準である。だから基本振動周期は1日だ。だが潮汐を生じる物理的要因は地球と月の間の引力と遠心力の差である。日に2回、最接近の時と最離間の時にピークがやってくる。潮汐力は主にこの2つの単振動で解析できてしまう。あと太陽との2体間作用、月を入れた3体間作用の月周期、半月周期、年周期、半年周期を入れれば完成だ。太陽は遠くてもばかでかいので無視できない。月による潮汐力の約半分と書いてある。余談だが、光田寧編著:「気象のはなしT」、技報堂出版、'88によると、大気にも気圧の2~3ミリバール程度の潮汐があるという。こちらのドライビング・フォースは太陽光線だ。だとすれば日周期のはずだが、おかしいことに半日周期だという。大気の立体調査がその問題に解を与えたそうだ。
- 海の実際の各地での潮汐を楽器で考えてみる。弦楽器の弦、打楽器の膜は高調波と反射波が加わった定常波で覆われ、振動部は腹と節に分かれる。共鳴胴体はなかなか複雑だ。地球表面は楽器に比べればもっともっと複雑だ。でもこの解が観測的にか計算解的にか知らないが、かなり昔にすでに求められている。楽器の弦とか膜では端が固定端で節の一つになっているだが、海の振動では沿岸部はもちろん自由端だ。アマゾン河口、揚子江河口のポロロッカは大潮が川を遡る現象で、自由端の「見える」証である。TVが世界の映像を見せるようになってのここ1-2年にその存在を知った。
- 私は今東京湾岸に住む。潮干狩りのシーズンが来ると、潮汐を実感する。現在ではそんなことは絶対に起こらないが、山本周五郎:「青べか物語」には「鱸(すずき)拾い」の話が出ている。引き潮に乗り遅れて、汐溜まりに取り残された、鮭ほどもある大きな鱸を拾う話である。大正末期から昭和初年頃の浦安がモデルになっている。満干差が大きいおかげだ。本書によると2mに近いときがあるそうだ。大洋に面した東京湾の奥内側は浅いのと反射波の重なりで大いに上下するのだ。私は丹後半島の海辺で過ごした時代もあった。日本海側では潮の満ち引きはあまり感じなかった。舞鶴での潮位差は35cmほどと書かれている。日本海は大陸半島列島に取り囲まれて大周期の潮汐からは無縁である。瀬戸内海沿岸にも住んだことがある。ここは大洋に向かって両開きである上に、複雑な障害物となる諸島が海道の随所に配置されている。鳴門海峡で直径15mの大渦が出るころは海流も11ノットになると言う。クルーズ船の巡航速度は16-7ノットが普通だから、恐ろしく早い。手こぎでは乗り切れない。関門海峡も同様だ。壇ノ浦の合戦で、平家の戦舟に敗色が出るのは潮の流れが西向きに変わってからと吉川英治:「新・平家物語」にあったと思うが、宜なるかな。戦国の頃は渦と潮が海賊の歴史を作った。広島湾は内海の中の内海になっている。音戸ノ瀬戸の口にあたる呉では満干差が3.7mにもなる場合がある。瀬戸とは海峡と同義である。
- 続きは「海のなんでも小事典U」に記載する。
('08/07/06)