ルノワール展

渋谷付近に降り立つのは、関東に住みついてもう40年近くなるというのに始めてであった。町中の人出は多かった。でも雰囲気はさしずめ東京の衛星都市という印象であった。千葉からJR、地下鉄を乗り継いで1時間有余で来れる。東急百貨店の隣のBunkamuraザ・ミュージアムで催されている「ルノワール+ルノワール展」がお目当てであった。チケット売り場には10数メートルの列があり、会場内部は結構混雑していた。ルノワール+ルノワールとは印象派画家ピエール=オーギュスト・ルノワールとその次男である映画監督ジャン・ルノワールを指す。
父が巨匠であることは承知していた。50点に及ぶ作品が展示されていた。彼の最人気傑作は多分「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」なのであろうが、さすがに来日しなかった。今回出品最多で主催側に入っているオルセー美術館に所有されている。もう一点挙げれば「船遊びの人々の昼食」だ。これも来日しなかった。調べてみると、ワシントンのフィリップス・コレクションに入っていた。主催後援のいずれにも入っていないから当然かも知れない。
印象派画家は鮮やかな色彩を画布いっぱいに際立たせた。それが印象派の特徴の一つに数えられている。中間色を出すのに、絵の具を混ぜたのでは減色的混色になり色がくすんで見える。TVや映画では三原色光の加色混色だから輝いて見えるのと対称的だ。カラー印刷になるとちょっと趣が変わって、印刷顔料の補色の加色的混色になる。絵画が補色の混色であることには間違いないのだが、どの程度加色的でどの程度減色的であるかは絵の具の厚み濃さ透明性などが絡み合うから、一言で言えば画家の個性で決まる問題だ。ルノワールも鮮やかさを意図する場所には、絵の具を生のまま、筆のタッチを残すやり方で、画布に描き、少し離れて眺めると補色の加色的混色となるように心掛けている。50点も眺めると何枚かについてはあったかなかったか混乱して分からなくなるものなのに、出口の売店に並んでいる複製や絵葉書の絵がどのあたりにあったと鮮明に思い出された。なるほど、本当の意味は違うらしいが、印象派とはよく言ったものだ、似顔絵描きと同じと思った、美意識上の特徴点を尾ひれを省いて重点的に描いたからだろう。カラー写真を見るような精密な写生はもうそこにはない。
父ルノワールは家族とか身近な人間あるいは風物を大切にしたという。愛されたものは思い出を大切にする。息子の映画に父の絵を彷彿とさせるシーンがいくつも出てくる。息子が名高い監督だったとは失念していた。スクリーンは対応絵画の並びに置かれていて、映画のそのカットだけを上映する。15点あると言うことだった。父の「狩姿のジャン(我が子)」は息子の「ゲームの規則」に、「陽光のなかの裸婦(モデル)」は「草の上の昼食」に、「ぶらんこ(モデル)」と「田舎のダンス(奥方)」は「ピクニック」にと言った具合だ。「ムーラン・ド・ラ・ギャレット(群衆)」は「恋する女」にであろう。なかなか説得力のある展示だ。でも息子は映像美に父の作品を写し取ったのであって、映画の語りかける物語とか思想は別物である。残念ながら、私は上記映画をどれも見ていないので、それ以上は説明文に頼る以外にない。父と息子は年齢にして50歳以上の開きがある。父が生きた19世紀の風俗を忠実に画面に再現しようとした作品が多いと言うだけでも、父に対する息子の思い入れが伝わってくる。
ジャン・ルノワールの監督作品中「フレンチ・カンカン」だけは見た覚えがある。学生時代だったからもう半世紀以上も昔になる。展覧会出口近くにその最終に近いシーンを映していた。ジャン・ギャバンの懐かしい顔が大写しになって出てきた。ムーラン・ルージュであったか、踊り子の一団が取り囲んだ観衆の男どもの中で、カンカンを踊る。19世紀という年代を考えれば、カンカンとは超セクシーな挑発的な踊りだ。踊り子の体を張った行動とギャバン演じる非情な興行師が強いコントラストとなって印象に残っている。今NHK BS11で黒沢明監督の映画作品が継続的に放映されている。我々はそれで再び彼の名声を思い出す。ジャン・ルノワールの映画もこの展覧会に合わせて専門館で上映され、名声を取り戻したようだ。絵画の巨匠は特別の努力が無くても不休の名声を持ち続ける。映画は、人間の社会を撮す以上は、さらに技術の進歩に大いに依存する以上は、時代と共に絶対価値が揺れ動きやすいが、絵画では絶対価値の大きな変動が起こらない。監督と画家の名声の変動もそれにパラレルなのであろう。

('08/05/07)