アラブの大富豪
- 前田高行:「アラブの大富豪」、新潮新書、'08を読む。本書は今年1月の、原油が100$/bbL時代に脱稿したようだ。だが今(4/28)や120$寸前である。この半世紀の間の原油の最安値は2$だった。あの頃はその内にダラー・オイル時代にはいると言われていた。だから中東大油田での採掘原価は1$以下なのである。99$あるいは119$は誰の儲けか。諸経費をさっ引いても大半がアラブ勢力圏ではアラブの王様の手にはいることは明らかだ。半端な金額ではない。単純な消費で使い切れる量ではない。彼らは何に使っているのか使おうとしているのか。
- ラビア半島は砂漠の民ベドウィンの住む土地である。サウジアラビアとはサウド王家が治めるアラビアという意味で、サウド家はもともとは今の首都リヤド近くのオアシスのベドウィンの一部族であった。サウド家には王位継承権を有する王子が1000人おり、承継権のない王子がほかに数万人を数える。それと同数の王女がいて、彼ら彼女らが作るネットワークは想像も出来ぬほどに複雑なようだ。覇権は「右手にコーラン、左手に剣」を地で行く闘争によりもたらされた。戒律の厳しさは国家創建の歴史から来ている。それがイスラム原理主義の流れとなり、オサマ・ビンラディンを生む素地になった。彼は今は勘当されているが、ビンラディン財閥の創立者の息子だという。この財閥は御用商人として王家に取り入り国内最大のゼネコンに成長した。石油の富を握ったサウド家は政治と軍事に専念し、ビジネスは財閥、豪商が受け持つという棲み分けが行われ、日本の6倍の国土に人口2千数百万の国家が運営されている。
- 遊牧民ベドウィンは勇猛果敢である。最近日本の大型石油タンカーが海賊船の追跡を受け銃弾を食らった。平素は正業に就いているが、機会が来れば武器を持って匪賊にも海賊にも早変わりする。日本で言えば室町時代の倭寇のような民情なのであろう。反面金儲けはからっきしだそうだ。むしろ金儲けをバカにしている。王家が金儲けを焦らないのは有り余る石油のせいでもあるが、ベドウィンの性情からも来ている。しかし果敢にビジネスに挑戦し成功を収めた殿下も一人おられる。殿下とは王位継承権を有する王子だ。彼の父母は共に由緒ある血統だが、ベドウィン以外の民族の血が流れているために、他の殿下とははじめから差別待遇受けたのだそうだ。だが絶対王政下の殿下の特権は絶大だ。サウジアラビアの公共事業は民間企業育成の目的があるため、これ以上ないほどに美味しい仕事だそうだが、これをフルに食うことが出来た。一時はかのビル・ゲイツに次ぐ世界第2位の資産家にランクされたほどだ。彼のファンドはハゲタカとか(解体型)再生とは無縁で、「バイ・アンド・ホールド」に徹する。一流ブランド株を底値で買って、業績の回復を辛抱強く待ち、高値になれば売る。金は出すが口出しは慎む経営側からは理想的なファンドだ。シティ・バンク救済が典型的なやり方だという。だが今はかなり方向転換している。国王との2人3脚ぶりが取り沙汰されるようになった。
- ドバイに立ち寄る世界一周航路の豪華客船が増えた。この4月には、日本のぱしふぃっく びいなすも飛鳥Uもここに寄港した。再々TVで紹介されているように、ドバイは砂漠に忽然と出現した夢の都である。ドバイはアラブ首長国連邦の一員である。石油は産するが、同じく一員であるアブダビの数十分の1程度で、石油だけからならとても今日の隆盛は想像できなかった。第8代首長即位の'58年頃は地域の貿易中継港としての地位でしかなかった。第8代は名君であった。彼はドバイを中東域、イスラム教圏全域はおろかアフリカ大陸にまで視野に入れたすべての面でのhubに仕上げるべく大博打を打ち、それに成功した。この政策は新首長にも引き継がれますます勢いを増している。
- 大産油国クエートからの借金に成功したのが運のつき始めであった。外国資本優遇策を実施した。欧米に向いていた中東の資金をドバイへ引き寄せた。ハブ港湾、自由貿易地帯、ハブ空港、金融センター、大リゾート地帯など、さらにシリコンとかメディアとかヘルスとかもプロジェクトの対象で、まさに止まるところを知らない。埋め立て地のリゾート区には、椰子の木が海水淡水化装置による水で育っていると言った調子のようだ。金が金を呼ぶ。3月に私は上海に行った。3ヶ月も見ないと上海は建設ラッシュで見間違えるほどに変貌しているという。石油価格高騰を受けたドバイはそれ以上なのであろう。イギリスの名船クイーン・エリザベスU号が買い取られて、海上ホテルになると言うニュースもこの間の話だ。
- 湾岸産油国の1人あたりの国民所得は日本の4-5倍だという。人口希薄なため国民数より多い外国人労働者を働かせている。その給料をたっぷり支払ってもこの結果だ。完璧な福祉国家で、所得税はないし、医療費も教育費も無料だ。食料品は驚くほど安く、ガソリンはミネラルウォーターより安い。王制、首長制打倒の声など上がるはずがない。でも第2次オイルショックまでに公共事業という公共事業はやり尽くし、今やオイルマネーはだぶつきにだぶつく。アブダビはルーブル美術館の分館を開設した。カタルはアメリカ有名大学の分校を大学都市に6校も誘致した。国民数24万の国にである。それでも巨万の金が余る。サウジを入れて1兆3-4千億ドルという政府系ファンドは次第に経験を積み、積極的に投資を行うようになった。ローリスク、ローリターンのドルからユーロへ動き、さらにイスラム圏全体の発展に中心的役割を果たそうとしている。
- ヨルダン王家はイスラム圏では名家中の名家だという。イスラム教預言者ムハンマドの血を受け継ぐ唯一の王家だからだ。しかし王家も国民も周辺国では最も貧しく、ヨルダンは弱小国である。国王は誇り高き血統を背景に類い希な積極的外交術で、イスラエル対パレスチナ&イスラムの紛争を仲介し当事者たちから多大の援助を引き出している。あふれ出るオイルマネーはヨルダンにおいても積極的投資の対象を見いだし、国民を潤しつつある。ヨルダンの人口の70%がパレスチナ難民だという。国王のなりふり構わぬ外交術と経済運営に国民は厚い信頼を寄せている。
- 我々周辺の物価はこの一月ほどの間に急に上昇傾向を顕著にした。昔の値段との差は丸々産油国の儲けとなり、それがまた投機を呼んで石油価格をつり上げる。国産農産物が脚光を浴びだしたように、石油に押されて影が薄かったその他のエネルギー資源がいろんな形で息を吹き返す機運にある。環境に優しいエネルギーもいいチャンスだ。そんなことは書いてないが、今はそのバランス点を市場が探っている時期と言える。宗教、政治、経済が三位一体となって活動するイスラム湾岸産油国大富豪(=王族首長族)がアラジンの魔法を今後はどう使うのか、彼らの透明度は至って低いから、ますます世界の関心を引くことであろう。
('08/05/11)