
- 阪神大震災に関する科学的工学的な記事が続々報道されるようになった。関東大震災級に耐えるとは震度6のことで今度の震度7ではないと弁解されている。ただ震度7は福井地震のとき設けられた新しい尺度だとのことで関東大震災の時には6までしかなかったと聞くとまたムカムカしてくる。
- 私が理工系を目指した最大の理由は自身の性向である。次の理由は当時の就職事情である。しかしそれだけではない。憧憬に似た気持ちを育ててくれた諸先生諸先輩のおかげである。その中に地球物理学の佐々先生がおられた。高校で集まった20人弱の聴衆に地震の話をされた。今ではフィリッピンプレートがどうの地殻に蓄積した歪のエネルギーがどうのと素人でも結構知っているが、当時では白紙に突然一筆書きの絵を描いて見せられたという強烈な印象だった。たった一度この講演でお目にかかっただけなのに、今でもそのお名前を覚えているのは、よほどすばらしい話をされたからであろう。新聞紙のような粗末な紙に印刷されたパンフレットを配り静かに話された。第一線の学者の話は教育者の話にはない迫力がある。
- 理工系離れでいろいろ科学教育関連の会合が催される。今日もその一つの案内を見た。お話になるのは中央のおえらかたが大半である。人寄せパンダなのかちょっと理由が解らないタレントさんが顔を出している。勿論東京の人である。基調講演をなさる地元の館長さんは東京の著名人で月に一二回この地方にお見えになり館長業務をこなしておられるという。私はまずこの人選びから間違っていると感じる。どうして東京なんだろう。地元にまたその周辺に立派な理工系を抱えた大学や教育機関があるのにである。実際にこの土地で科学教育にかかわり合い悩み合うのはこの人達である。地元の官民が東京に憧れるのはいいけれど、東京人でないと講演会にならぬと信じている限り不毛の教育論と思える。
- 次は何が理工を指向させるかである。私の場合は上記のようにすばらしい先生との出合が強い影響力を持っていた。たまたま佐々先生が学校を訪ねて下さったのが良かった。科学教育資材なぞ何もなかった時代である。中央の教育論も必要かも知れぬが、滅多に来駕頂けぬ高名の人たちに中学校なり高校なりで生徒に直接呼びかけてもらうべきである。話す方は気付いていよう。アレンジ側が気付かぬだけだろう。地方とはもどかしい限りである。今度の会合も集まる聴衆はすでに出来上がった人たち平たく言えば暇を持て余している高齢者がかなりになるのであろう。その人たちと私の提案するこれからの人たちと比べて下さい。東京の先生がたも謝礼目当てでないことを実践で示して下さい。
('95/02/12)