世界的大発見


卒研発表前になって学生がぼつぼつ原稿を見せに来る。ざっと眼を通してまず形式あたりから手直しを始める。確実に論文になるテーマを選んで与えてあるから、一年も経てばよっぽど怠けていない限りデータはある。だから論理と書き方が手直しの対象である。しかし今年の卒研生のお話を聞いていてびっくりした。高分子の固有粘度の測定のところである。濃度に対して還元粘度をプロットする。濃度が低いとこのプロットは直線になる。それが双曲線的な関係でゼロに近づくほど値が高くなると云うのだ。実験法、計算法、整理法を注意深く聞いたがどこにも間違いがない。私がチェックできないのは実験の本当だけである。
私は彼に云った。この関係はSTAUDINGER以来何万の高分子学者が直線的と認めている。もし極く低濃度の高分子で双曲線的だったら世界の常識を破る結果として常温核融合かポリマーウオーター以来の大論争になるだろう。だがこれだけの実験では学校の中だけでも戦えないね。せめてもう一年卒研を続け給え。就職なんぞ又やり直せば良い。この研究をものにしたら世界中の大会社が日参してくるよ。世界的大発見のチャンスなんて一生に一度来たらその人はとんでもない好運児なんだよ。ぜひもう一年はやり給え。私は実験精度には触れなかった。
内心心配だから土曜夜研究室を覗いてみる。やってるやってる。いつか紹介した釣りバカ日記の西田敏行演じるサラリーマンよろしく、定刻どころかちょっと油断するとたちまち雲隠れの大将が何と夜更けまで実験している。先生直線になりました。双曲線と云うので喜んでいたのにがっかりさせるな。何が原因だ。報告では何も間違ったところはなかったが。はい、不思議ですが、原理は云った通りですが、ちょっと飛ばしたところが気になったので、今度は馬鹿丁寧にやりました。そんなら直線でした。私は来年の卒研生を一人減らしたようだった。これが提出5日前だから男子学生はやり切れぬ。来年は半分ぐらい女子がきて欲しい。概して女子の方が生帳面でさぼらないから。男と女は半々ぐらいで丁度合い補って住みにくい世を何とかしのぐものなんだ。

('95/02/04)