
- 崩壊した真っ暗な家屋の中で一条の光を見出したときの喜びと安堵を被災者が語っていた。自分の空間座標の原点を発見した嬉しさである。未曾有の異常事態に遭遇したときどこに原点つまり視点を据えるかはその人の常日頃の問題意識によって決まってくる。ともかく視点が決まればそこが原点になって世界が見え出す。視界が片寄る危険はある。だから視点は数多ければ多いほど良い。複眼的観察です。視点の無い人は悲劇ですよ。情報の洪水に押し流されるばかりだよ。という話で私の学生への問いかけは始まった。
- 私は昨秋以来一極集中排除による地方文化の昂進を、少なくともここの書き込みでの視点としてきた。阪神大震災もそんな視点でみている。一極側を代表してもらって、東大の地震研ほかの方々に標的になって頂いた。まあいいでしょう。象とネズミぐらいの関係もないのだから。それから一部訂正をします。すなわち関東大震災以上の揺れだったために高速道路が倒壊したのだと認めます。しかし倒壊道路が震度5の設計で、どうせ崩壊するかも知れぬにせよ、関東大震災の震度6には設計されておらず権威筋の証言に嘘があったことは事実となった。また一つだけ追加します。ロス地震の公共組織の応対の迅速性が、予知できぬ事態を前提に、行動が下部組織つまり地区組織の自主判断にまかされている点です。完璧に中央集権であったため、行動が遅れたわが国と対比してせめて緊急時だけでも一極排除を実質化すべきと思っている。
- 震災国会が始まった。私の視点に沿った質問が出た。東海地震に予知体制を集中するだけでなく全国に網を張るべきである。質問者が誰かはご存知ですか。
- 私事ですが、家族から「生きているよ」の連絡が来、ほっとしました。知人友人どこも不幸無し。ともかくも、貧者の一灯に過ぎぬが、救援義金を郵便局に差し出す。学校内に今のところ教職員とか学生会とかにまとまった救援活動の動き無し。ボランテァ活動のクラブはどうしたかしら。昔に言う義侠心今に言う弱者に優しい心が衣食足った今日にどれほど確たる行動規範に育ったか。例えばロス地震との比較で心の教育の成果が問われるかと思うと私は穏やかでない。
('95/01/25)