スペシアル−伊豆のなまず(続)


東大地震研が阪神大震災地帯中心に24ヶ所の臨時観測所を設けるという。その機材は長野に設置されるはずであった。長野も松代地震の名で群発がかって話題になった地域である。東大地震研=予知連絡会であろうから、わが国の中央の地震予知学者の頭には関西は次の次にも入っていなかったことになる。京大の観測網は11ヶ所で近畿一円にばらまかれているのだろうから、この地帯の観測密度は飛躍的に増大するであろう。新聞ではこれによって来るべき余震の予知に努めるとある。このあいだ予知は出来たとしてもM8以上の大地震と書いてあったのに今度はせいぜいM6程度の余震の予知を目的にするのか。あわてふためいて恥の上塗りになるぐらいなら頑として長野地震予知に全力を傾けた方がよいと私は思う。
かって日本のノーベル賞授賞者が京大関係者に集中するのを論評して、さる新聞が東大の学者は時勢に敏感すぎるためと云った。賢すぎるからとも云った。首都にあるため政界官界財界のつながりが強く地味な研究など流行らないムードにあるとも云った。確かに新聞に名を出すほどの審議会で委員に東大の名が出ないものはまずない。地震の予知の可能性にすら疑問の多い現在は、永年の注目研究地点の長野を引き続き対象とすべきである。一人相撲でますます手薄に成るのを恐れる。なにか中央意識が芽を吹いているのではないか。大地震の警告を出し続けていた学派が関西に居ったのである。その地元の体制を強化する方向のサポートに回るべきである。
明治時代地方から輩出した多彩な学者文化人は今の地方からは期待できない。そう感じるほど中央集権化が官界学界民間とも徹底している。外交軍事以外は道州政府が握る地方分権制が今後の日本の活力の原動力になると思う。基本にはそれを意識してちょっと地震学者特に東大の先生がたのカンに触ってみました。反論をどうぞ。

('95/01/22)