味利き


秋は利き酒のシーズンでもある。あんまり飲めぬが、味利きは好きで、家内にはあれだけ勝負事は逃げる人がと不思議がられる。なんに、負けると腹立つ性分だからやらないまでで腹が立たぬなら結構やる気があるのである。利き酒で破れても別段どうということはない。
一月ほど以前の話である。ある町の地酒利きの催しにぶつかった。勝負は吟醸、辛口、甘口の三種を当てるごく初歩の初歩。難なく当てると懸賞だと言って300ML瓶が何本か入った袋をくれた。ぜひ地酒を愛飲下さい。今は云わなくなったが、地酒ブームで着実に延びているそうじゃないですか。いえそれは全国ブランドに出世した一部だけで後は苦しいんです。
そんなもんかと思いながら帰ってみると灘の酒屋から金賞の知らせが入っている。結局今年もここかな。電気の学生相手に「下らんとは何事か。」と受け売りの講釈をしたことがある。下らんとは灘の酒でお江戸には下らない出来の悪い酒という意味だそうだ。昔は京に向かって上る下るが決まっていた。京都人は京都に出てくる我々地方人をお上りさんと呼んでいた。いまでもそうなんだろう。今年はやっぱりこの下る酒にしよう。
私は卒業の時学長の訓辞に「只酒は飲むな。」と言うのがあったのを記憶している。その頃の大学学長の発言は現在よりはずっと世間に重みがあった。卒業式の訓辞は新聞に要旨が紙面をかなり割いて報道された。天下を論じ国家を案じた気宇壮大な訓話が紙面を賑わせたものである。いかにも地味なこの訓辞は余り評判にならなかった。しかし只酒に群がる亡者のスキャンダルが新聞に出る度に人の本性を突いた学長の一言を思い浮かべる。他の天下国家はとっくに忘れたのにこの一言だけは脳裏から去らぬ。今日も利き酒は只酒にはなりませんと今は亡き学長に心の中で断ったのである。

('94/12/17)