人殺し(続)


人のため世のためのお話は退屈なものである。だからお薬の話をするときは人殺しの話でアクセントをつける。パラチオンは絶好の材題。映画「天国の駅」。結城の里で一心に紬を織っている小百合。細腕一本で不具の夫を養っている。その良妻に魔がさす。夫ごろしに使うパラチオン。亜燐酸系の農薬には丁度松本の神経ガス・サリン事件が間にあった。岩見銀山ねこいらず。一家心中にねこいらずが使われる。もう虫の息。その中で母親がどうぞ死なせて下さいましと懇願する。当時は打つ手は何もなかった。皆集まって井戸の奥底に向かって中毒に苦しむ子供の名を呼ぶ。そうすれば地底から甦るという言い伝えが頼りなのだ。これは無水亜ヒ酸である。「赤ひげ」より。
先週(の講義:人殺し)はだいぶ学生どもを殺った。今週も殺しの話。こうなるともっとないかもっとないかと種探しである。山崎先生のミステリーの中の毒のお話にはまったく引き込まれる。色々引用が入っているし探せばまだまだ有りそうだ。同じシリーズにふぐの毒を書いた本もある。図書館より借り出して読みだしたら止まらなくなって丸一日何もかもそっちのけで読んでいた。好きなように教えて、俸給が入る。こんな天職をやっているんだからこの先生(私)は安月給で上等だ。満足してわが家に戻る。だがわが家で「はじめに」を読んでがっくりきた。これが東大教養学部文系学生の化学だそうだ。読み切り小説のように毎回楽しくて教室を学生で埋め尽くしたのはよく解る。しかし読む限り「学」ではない。高度に発達した技術社会には文系にもしっかりした理「学」が必要である。ことにエリートにはである。「人殺し」は肴である。米の飯とは混同して欲しくない。
「宮沢賢治と化学」をどなたかがこの会議室で紹介されていた。この本の冒頭に文系を理系と切り放さないと収まらない世の非常識について触れてあった。またメンバーからはその非条理を突いた発言があった。突飛な話だが、言葉をコンピューターが理解し始めた今は文系の方が理系よりより理系になれる可能性が出ていると思う。さる大手コンピュータメーカーのお人が法科の学生がよいプログラマーになれる話をしていた。学生が理工離れしても産業がある限り理系は必要で、場合によっては文系にかなりの理系代理の負担をして貰う可能性だってあるんだ。何はさておき将来のエリートを養成するつもりの学校は、貴の言う「不惜身命」で、格に合ったより苦しい選択をして欲しいと思う。貴は綱だからこそそう云った。あなたの学校も綱ですぞ。
人殺しの材料を集めています。たくさん教えて下さい。

('94/11/27)