
- 招待講演は討論会の花である。私のかって出席した討論会の間だけでの比較だが、外国からの招待者が多かったこと、その過半数がアジアそれも中国韓国からだったことが目立った。パーティではアジアで開かれる予定の各種会合への出席歓迎スピーチがあった。アジア地域での学術活動の立ち上がりが印象深かった。
- 研究発表分野の変化も著しい。重合縮合触媒と言った作る側の発表がぐっと減り、代わりにオプトエレクトロニクス、電子デバイス、医用材料、高分子ゲル、エンジニアリングプラスチックス、ポリマーアロイと言った使う側からの発表が過半数であった。地味な溶液物性、固体物性、構造、分析も相変わらずでまあ1/4ぐらいは占めていただろうか。
- 応用分野の発表会場には聴衆が溢れていたが、基礎分野では聴衆のまばらな会場も多かった。疎らでも討論はむしろより白熱していたときもあった。しかしこの基礎分野の発表は、特に、専門家であっても当事者でないともはや入り込めぬと思えるほどに議論は深まっていて、、かろうじて問題点が理解出きれば上等の部類といったありさまだった。学会とはそんなものと何年も前に恩師が語ったことを思い出す。うわ面でもよい、時代の先端をせめて専門分野と担当教育分野でつかめたらと思ってきたが、さてどこまで満たされたか怪しいと思いつつ九州大学を後にした。
- 太宰府で菅原道真公にお詣り。お賽銭は僅かだからあんまり大きな祈願はしない。拝殿両わきの護符受付に鳥の形をした土製の素朴な民芸玩具が置いてある。その鳥は「学」ぶという字の「子」を「鳥」と入れ換えた名である。学ぶは子どもが覚めると言う字だから「解った、天満宮はさすが学問の神様、ここらでは鳥だって勉強するんだ、と言う当てこすりだ」と思って読み方を受付の神子に聞いたら「ウソ」と云った。解りますか、ウソと言う名前だったのです。これは話の落ちに使えるとホクホクして引き揚げた。まだこれを使えるシチュエーションには遭遇していない。
('94/11/13)